7-3. 監視していれば大丈夫?:カナダのライフガード団体の実験
(2016年6月12日)

 以下は、カナダのライフセービング協会(LifeSaving Society)が2003年以降、進めてきた研究の結果を、2007年にポルトガルで開かれた「世界溺水予防会議(World Conference on Drowning Prevention)で発表した内容の抄訳。
Factors affecting lifeguard recognition of the submerged victim: implications for lifeguard training, lifeguarding systems and aquatic facility design. (Patterson, L., 2007).


背景

 水がきれいであれば、ライフガードは沈んでいる人を容易にみつけることができ、すぐに助けることができるだろうと考えられてきた。また、高い位置からライフガードが見ていれば(プールサイドの床から2~3メートルの台上)、見やすさは上がるだろうとも考えられてきた。あるいは、見やすい印やコースの線をプールの底に描いておくことで、ライフガードにそういった印や線が見えるのであれば、沈んでいる人も見えるだろうと考えられてきた。

 しかし実験から、これらすべてが誤っているとわかった。たとえば、プール底面のコース・マーク(黒い直線)の横に、沈んでいる人間を模したマネキンを置いた場合、ライフガードにコース・マークは見えてもマネキンが見えない、というケースがしばしば起きた。そのため、「見やすさ」「見にくさ」に関わる要因を明らかにする一連の実験を行った。


方法と結果

 白人の男児をかたどったマネキンを各種の公共プールや水遊び施設の底に沈めて、ライフガードがこのマネキンをみつけることができるかどうかを調べる実験を行った。実験に使ったプールは、6コース25メートルのプールの他、波のプールや噴水・噴霧器つきのプール、滑り台などがあるウォーター・レジャー施設の各種プールなど。水深は、30センチ以下のものから、5メートルのものまで。

 実験参加者は、それぞれの施設で働いている経験のあるライフガード。参加者はまず、見にくさの原因となる要因などを学び、プールを細かく見る練習をしてから実験に参加した。

 この実験で検討された要因は、ライフガードとマネキンの距離、両者の高さの差、明るさ、さまざまな原因による水の表面や水面下の流れ(乱流)、プールの底面と壁面の色、水中にいる人たちの活動の違いなどである。

 誰も入っていない静かな水泳用プールの場合、ライフガードはプール床面のライン等をはっきり見ることができた。ところが、底に沈んでいるマネキンではまったく違った。水が静かであっても、たった10メートルの距離から沈んでいるマネキンを見つけることもしばしばできなかった。水が動いている場合は、2メートルまで近づかないと見えないという結果だった。同じ場所にじっと立っていたのではマネキンをみつけられず、常に動いて、沈んでいるマネキンに近づくことが必要だった(静かな水では10メートル以下、動いている水では2メートル程度)。

 高い位置にいたからといって、マネキンをみつけられるわけではなかった(実験をしたプールの監視台の高さは1.8~3メートル)。そして、水深が深ければ深いほど、また、プールの底面・壁面が暗い色(ライト・ブルーでさえも)であるほど、沈んでいるマネキンは見にくいという結果だった。

 沈んでいるマネキンの見にくさに影響する要因は、たとえば、ライトや窓の反射(グレア)、プールの外の物の映りこみ、水の中にいる人数、柱や遊具、プールの曲面や傾斜など視野をさえぎるもの、さまざまな要因によって起こる泡や水の動きなどである。実験に参加したライフガード全員が、こうした要因の影響を少なくするためには、歩きまわり、視野の障害の向こう側に回り、反射や映りこみの影響を小さくするのが最良の解決法だと同意した。

 水面の波は、底面を見づらくするだけでなく、底面にあるものの形を歪め、見つけにくくする。この実験では、たった一人の人がマネキンの上や近くを通るだけで、マネキンは見えなくなり、波がおさまるまで、またはライフガードがマネキンから2~5メートルの距離に近づくまで気づかないという結果だった。水の底面にあるものの形は歪むため、人間をタオルやTシャツ等と見誤る可能性もあり、「沈んでいれば、人間の形に見えるはず」という思い込みも危険であることがわかった。

(このレポートには、ライフガード及びプール施設のための提言も書かれているが、保育園におけるプール活動、水遊びの監視とは異なる部分もあり、上に抄訳した内容で十分と考えられるので、誤解を防ぐため記載しない。)

※このレポートには、プールで起きた溺水に関連して、裁判で「~できたのではないか」「~のはず」という内容の検討をする場合について、次のように書かれている。「監視は容易ではなく、ライフガードが沈んでいる人をすぐにみつけるのは非常に難しい。沈むに至るような水面の行動(動き)にライフガードが気づいていなければ、沈んでいる人を認識して対応するまでにはかなりの遅れが発生するだろう。沈んでいる人を早くみつけて対応するためには、一人以上のライフガードがデッキに必要である(以下略)。