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6-3. 大津、市原の交通事故に関連して

(2019年5月8日~。14日夜の段階では移動しただけです。これから整理・加筆をします)

「つい、うっかり、ぼんやり」の人間を補完するデザイン

 5月15日、今度は千葉県市原市で、コイン・パーキングから出た車が車道を横切り、車道の向こう側にあった公園の砂場にいた園児と保育士に突っ込みました(「ニュース」ページ参照)。お金を払うためにブレーキを踏んだつもりでアクセルを踏んだ…のかどうかはわかりませんが、とにかく「加害者」を責めるのは簡単、車、バイク、自転車を運転するなら、あなたも同じ「加害者」になる可能性があるという事実をまず認めましょう。人間は「つい、うっかり、ぼんやり、めんどくさい」の脳を持った生き物なのですから。プラス、「悪いことは自分(の側)には起きない」と思う「楽観バイアス」(optimistic bias、認知の歪みのひとつ)を持っているのです。大津の交通事故の右折車の運転者を責めるのは簡単ですが、右折しづらい交差点なら、大半の人は「今度こそ曲がろう」と焦るはずです。

 では、どうするか。事故予防の基本はまず、「環境やモノの改善(engineering)」です(交差点なら右直分離信号、歩車分離信号にする)。最近、電車のホームで、線路に対して直角にイスが設置されるようになりました。これは人が転落しにくくするためです。これだけ考えても、解決策がひとつ、考えられます。車が飛び出る先に人がいないようなデザインにすること、です。たとえば、建物の屋上にある駐車場から車がフェンスを突き破って落ちるという事故が時々、起こります。下に人がいれば、巻き添え事故になります。「気をつけて運転しよう」、そう思っていても人間の脳みそです、ダメな時はダメ。ならば、駐車場の車の並びを、「最も多く駐車できるような(通常の)デザイン」ではなく、「(駐車台数は減るものの)万が一、アクセルを踏んでも他の自動車にぶつかって止まるようなデザイン」にすればいいわけです。

 今回の市原市の事故であれば、コイン・パーキングの出口の延長線上に砂場があります。たとえば、木が数本立っている所が出口の延長線上になるようパーキングの出口を設置していたら、状況は違っていたかもしれません。「環境やモノの改善」に「これで完璧!」はもちろんありません。けれども、交通事故の場合、「教育(education)」「法・罰(enforcement)」の効果は特に弱いのです。だから、「環境やモノの改善」をもっと積極的に進めるべきです。それは、歩行者の安全を優先させた道路デザインも同様です(engineering、education、enforcementは、合わせて事故予防の「3つのE」と呼ばれます。これに「経済(economics)を加えて「4つのE」とされることも)。

 もうひとつ。今回、「保育士がかばった」「保育士が突き飛ばすようにして守った」と報道されていますが、これはあくまでも結果が良かったというだけの話です。場合によっては、自分や他人を守ろうとした行動が裏目に出ることもあります。事故の結果は、常に瞬間、瞬間の確率(運)が積み重なった最後にあるものです。保育士はもちろん身を挺して子どもを守ろうとするでしょう。今回は、それが結果として「守ることにつながった(ように見える)」ということです。保育士を英雄にしたてあげるのはやめてください。それは、結果的に「子どもを守ることができなかった(ように見える)」事態になった時に、保育士の心をつぶします。市原市の事故のニュースを見た、大津の園の保育士さんたちが「自分たちは子どもたちを守れなかった」と思うかもしれない、そのような想像力をマスコミも社会全体も持つべきです。

危ない散歩コース(どんどん増えます)

 今日歩いていた町で。たとえば、この排水溝ぎりぎりの所をお散歩では歩くわけです。ここは広い道ですが、白線はありませんでした。なぜ、こんなに排水溝が広く、深く、網が粗いのか。積もった雪を捨てて溶かすためです。網があるから子どもは落ちませんが(体が落ちて頭がひっかかる幅ではある)、同じ排水溝で網のない箇所はあちこちにありました。(5月12日夜)




園/保育士には予防できない事故

●まず、次の2つを考えてみてください。

1)園の深刻事故の報告が義務化されて約5年。園の散歩中に交通事故による死亡が起きていますか? 日本じゅうの保育園で、車道と歩道が物理的に分離されていない環境を、十数人や何十人もの子どもを数人の保育者で引率していて…。交通事故による死亡は起きていますか? 掛札の知る限り、起きていません。なぜか。ヒヤリハットは毎日のように起きますので、保育士さんたちは恐怖をよくよくわかっており、毎日、必死に散歩をしているから、です。そして、交通事故は歩行者側の具体的な注意行動と予防行動(単なる「気をつける」ではない)によって、かなり防ぐことができます(車、バイク、自転車側の注意と行動ももちろん大事ですが、こちらは速度が出ているため、数秒の反応速度の遅れが事故につながります)。

 歩行者として子どもがこうむる交通事故は、たいていが「保護者(おとな)が手をつないでいない」「子どもだけでいる」場合に起こります。道路であれ、駐車場であれ(子どもは小さいため、そもそも運転席から見えづらいことも一因)。園の散歩で道路を歩いている時に、この2つの危険因子はほぼありません。もちろん、子ども同士で手をつないでいる場合もあります。それでも、先生たちは誰と誰をつながせるのが安全か、保育士が絶対に手をつながなければいけないのは誰かがわかっています。子ども同士であっても手をつながせることで、走り出しの抑止力にはなるからです(お散歩ロープでも)。「片方が走り出そうとして、もう片方が転んだ」…、車が横を走っている道路なら、転ぶリスクのほうが走り出しのリスクよりよほどマシです(車や自転車がまったくいない遊歩道等で手をつながせるかどうかは、別の話)。

 はい。では、こうした努力が防ごうとしている交通事故は、大津の事故のようなものですか? まったく違いますよね。ここをごっちゃにしないでください。

2)2019年4月19日、東京都池袋で青信号の横断歩道を自転車で渡っていた母子が、暴走車にぶつかられて亡くなりました。この事故において、母子の責任を少しでも問う報道がありましたか? ありません。大津の事故における園児と保育士の立場は、この時の母子と同じです。ただ、「保育園の散歩」という話が一般的ではなかったために、「なんで、そんな所に園児が?」という話になっただけでしょう。そして、母子ではなく保育園だったから責任云々という話が出かけたわけです。たとえば、池袋の事故が「ファミサポさんに連れられた子ども」だったら、報道はまた違ったかもしれません。

 皆さんも、歩行者として、あるいは自転車、バイク、自動車の運転者として、「うわ、今、危なかった! あと一瞬早かった(遅かったら)…」と感じることは、ひんぱんにあるはずです。その「一瞬」の違いが私たちの生死を分けているのです(下の最初の項に書いた通り、掛札の場合は2度、この「一瞬」がぴたりと合ってしまいましたが、6-1に書いた通り、「事故=重傷や死亡」ではないので、その後の幸運でまだ生き延びています)。

 さて。園の散歩で交通事故死が起きたことは、知る限りありません。だからこそ、今回の事故は皆さんにとってショックだったのだと思います。「私たちの園のお散歩コースのどこで、大津の事故みたいなことが起こるだろう」…、皆さん、そうお考えになっているようです。この問いは誤りです。すでにおわかりの通り、答えは「今回の事故は、通常の交通事故とは違う」、そして、「車と歩行者の間に、ガードレール等のしっかりした物理的な障壁がない所なら、どこでも起こる」です。今回の事故は通常の交通事故の「巻き添え事故」です。そして、この種の巻き添え事故は、確かに交通事故が起きやすい場所ではリスクが高いかもしれませんが、交通事故が起きない場所、交通量の少ない場所なら起きないわけではありません。

 ですので、今回のような事故について「散歩コースのどこが危ないか」を考えるのは意味のある方法ではありません。保護者にも近隣にも自治体にも、「どこかから車が飛び込んできたら、私たちには何もできません」とはっきり言いましょう。「なんとかします」と言ってしまったら、本当に車が飛び込んできた時、「守ると言ったじゃないか」と言われてしまいます。歩行者は車(高速で移動する鉄の塊)よりも圧倒的な弱者なのです。できないことは「できない」と責任をもって言ってください。できないことを「できない」と言うのは無責任ではありません。できないことを「できる」と言うのは無責任です(何度でも言います)。(5月11日昼)

散歩の自粛について

 「散歩を当面自粛する」という話も出ているようです。「車が飛び込んできたら無理だけれども、それ以外の側面で散歩の安全を再検討するために、1週間は散歩に出ません」と言うならわかります。理由があって中止するのですから、これは「中止する勇気」です。でも、理由なく自粛するのは、ありえません(この場合、自粛解除にも「ほとぼりがさめたから」以上の理由はない)。さらに「大津の事故を受けて、当面自粛します」では、あたかも園の側に責任があったと言っているかのようです。「自粛」というのは、自分たちが悪かったからやめる/縮小するという意味なので(余談ですが、「自粛」という言葉の使い方については、こちらの8-3の下)。

 「保護者が心配しているだろうから」…、これで自粛をしても保護者は安心しません。保護者に散歩の現状とリスクを伝え、話しあってください。保育士さんたちは安全にとても気をつけて散歩をしています。でも、車や自転車が走る場所を歩くなら、当然、常に危険と背中合わせです。車が飛び込んでこなくても、子どもは突然走り出したり、立ち止まったり、靴が脱げたりするからです。そのリスクも含めて、保護者に伝え、保護者にも考えさせることが必須です。「コミュニケーションのトピックス」のB-1のひな型にもこのタイプのものがいくつかありますが、「保護者に伝えて、考えさせ、選択させる」は、園だけですべての責任を背負い込まないようにする、必須の行動です。保育は保育園だけでするものではないですよね。(5月11日昼)

政府・自治体は「注意した」だけではなく、責任を果たせ

 5月10日、内閣府と厚生労働省から文書「保育所等での保育における安全管理の徹底について」が保育担当課宛に出ました。同じものは、企業主導型施設にも児童育成協会を通じて出ています。ここでは『保育所保育指針解説』が引用され、「保育所内外において子どもが豊かな体験を得る機会を積極的に設けることが必要である。その際、特に保育所外での活動においては、移動も含め安全に十分配慮すること」と「日常的に利用する散歩の経路や公園等についても、異常や危険性の有無、工事箇所や交通量等を含めて点検し記録を付けるなど、情報を全職員で共有する。」の部分に下線が引かれています。

 つまり、「園外活動は続けよ」「安全には留意せよ」と言っているわけです。同様の文書は都道府県や市町村からも出ているようです。これからも出るでしょう。けれども、後半部分に対しては園が「はい、そうします」と言ってはいけません。今回のような「車が飛び込んでくる事故」は安全点検や記録とは無関係だからです。こうした点検や記録、情報共有は当然しているはずですから、自治体には「大津の事故と自治体が言っている内容は、まったく違う話。自分たちは具体的にこういう取り組みをしているが、今回の大津のような事故で巻き添えにならないような取り組みは、私たちにはできない。自治体として道路の安全整備をするという責任を果たしてください」と伝えましょう。

 もうひとつ、「園外活動は続けよ」のほうですが、「行政は散歩の価値をわかっているんだ」と楽観的に解釈しないほうがよいと思います。政府、自治体にしてみればこの手の文書は、「自分たちは注意を促した。あとはあなたたち(園、保育者)の責任」と責任を手放す、ただそれだけのものです。内閣府のガイドライン作成委員会にいて、内閣府が実は当初、たった1~2週間でガイドライン案を作ろうと考えていた事実にあきれ果て、なおかつ、自分の書いた下書き(「役立つリンク」の最初の項に置いてあります)を完全に骨抜きにされた経験を持つ者から見ると、あのガイドラインも含め、こういう文書というのは政府、自治体の責任逃れのものなのです。本気で予防したいなら、歩道と車道の間に物理的な障壁をつくる、公園整備をする、園に広い園庭やホールの設置を義務づけるといった方法をとるでしょう。(5月11日昼)

保護者、職員に注意喚起を(自動車の運転、駐車場)

 今回の事故は、交通事故に付随した二次的事故(巻き添え事故)です。交通事故について言えば、もちろん減るに越したことはありません。それは園の職員も保護者も含め、自動車等を運転する人には全員、責任があります。運転中のスマホ操作や通話(下参照)だけでなく、駐車場の安全も園の場合は重要です(園の駐車場でお子さんが亡くなる事例は、ここ数年でも複数起きています)。これは保護者に注意喚起し、職員にも徹底するべきことです。散歩の安全について保護者と話しあう、話しあわないまでも会話をするのであれば、保護者がすべき安全についても伝えてください。そのための手紙のひな型は「コミュニケーションのトピックス」のB-1にいくつもありますし、保護者向けに掛札が以前書いた文章もこちらの5-4の第4回と第7回にあります。(5月11日昼)

日本の交通行政は歩行者軽視

 下に書いた点の最後の部分に関連して、ダイヤモンド・オンラインの記事「歩行者の死亡事故ダントツの日本、ドライバー厳罰化で解決できない理由」。そう、要するに歩行者軽視なんです、日本の道路安全行政は。「気をつけろ」と自治体に言われたら、「安全に〇〇公園に行けるようにしてください」と。どんなに厳罰化しても無理です。人間は「つい、うっかり、ぼんやり、めんどくさい」の脳を持ち、「自分がそんな事故に遭う/事故を起こすわけがない」(楽観バイアス)と信じている生き物ですから。(5月9日夜)

歩道と車道が分離されていない場所で起きたら?

 大津の事故は、「保育園や引率していた保育士の判断だけでは防ぐことが難しかった」という報道の方向になっています。「難しかった」ではなく「不可能だった」と書くべきなのですが。記者会見も、園長が泣くように仕向け、かつ園の責任をほのめかす失言や謝罪の言葉を引き出そうと仕向ける質問が相次ぎ、宇於崎裕美さんと取り組ませていただいているクライシス・コミュニケーションの重要性を強く感じました(この件は来週、書きます)。園長が泣き出す度にシャッター音が増えた様子は、皆さんもご覧の通りです(かつて、保育園から離れた場所で園児が死亡した事故で、なぜか取材を受けたその園の保育士さんが「マスコミは私が泣きそうになる質問ばかりした。私が涙ぐむ写真を撮ろうとしていた」と話していたことを思い出しました)。

 さて、今回の事故は、車道と完全に分離されている広い歩道で起こりました。ですから、まともに考えれば「園側の責任ではない」「引率の保育者にできたことは何もない」とすぐに言えます。今、私たちが考えるべき問題は、園の散歩ルートの大部分は、歩道と車道が分離されていない道であるという点です。ガードレールがあればまだマシ(歩道にドンっと電柱や木が立っていたりしますが)。ガードレールなどなく、白線だけという道が園の散歩ルートの大部分です。保育士さんたちは車道側に自分たちが立って歩きますが、農業用用水路(フタなし)と車道にはさまれた歩道(白線のみ)ということもあります。水位の上がっている用水路と車道、あるいは崖と車道、どちらがリスクが高いか…。毎日の悩みです。

 歩道と車道が白線のみで分離されている道路、または白線すらない道路で、車が飛び込んできた。あるいは、子どもが少しはみ出していてぶつかられた。…おそらく、今回と同じ報道(園の責任ではない)にはならないでしょう。保育士の責任を問われかねません。自動車側にドライブ・レコーダーがついていればまだいいのですが。どうするか…。究極の選択としては、ウェアラブル・カメラ(←検索)をお勧めします。歩く側が道路の右側なら一番前の保育者の前面、左側なら一番後ろの保育士の背中側に装着します(常に前後両方装着が一番簡単)。理由があって堂々と装着・録画しているものですから、盗撮等を言われるリスクはありません。ドライブ・レコーダーの歩行者版です。

 今回の事故で「保育士は悪くない」「保育士は偉い」という話になっていくと、次、歩道のない道で車が飛び込んできて同様の事故が起きた場合、「なんで、そんな道を歩かせていたんだ。大津の時は…」と比較される危険性があります。人間は記憶に強く残っている前例を参照して、次のできごとに対する判断をする生き物ですので。ただ、マスコミがなんと言おうと、自園の保護者が理解していればよいのですから、まずは下のように、お散歩マップの説明を保護者にしておくこと。そして、「こういう狭い道ばかりですから、なにかあった時のために、散歩中、録画しようかなと思っているんですよね」と保護者に聞いてみるのも一策でしょう。

 おまけ。お散歩中、「気をつけてね!」と近隣住民の方から声をかけられている先生もいらしゃることと思います。ニッコリして「ありがとうございます」はよいのですが、「はい、気をつけます!」はやめましょう。散歩中、子どもがどれほど危険な行動をするかはよくわかっていますから、先生たちは十分、気をつけています(私はどこでも歩くので、各地でお散歩姿を見ますが、危ない歩かせ方をしている先生はさすがに見たことがありません!)。わざわざ「気をつけます」と言っておいて交通事故に遭ったら「何してたの?」と言われかねません。人間の認知というのは複雑です。「保育士は偉い」「保育士さんありがとう」(←ハッシュタグで広まっている)という風向きは、決して良いことではありません。保育の現実をわかって言っている言葉ではなく、次のハードルを無意味に上げているだけですから。

 自治体も「散歩中は気をつけろ」と言ってくるでしょう。絶対に言い返してください。「この道を通ってしか、〇〇公園には行けません。大津と同じように飛び込んできたら、私たちは子どもを守り切れません」と。予防できる死亡を予防するのは保育者、園の責任ですが、できないことを「できる」と言うのは、無責任ですし、できないことを「しろ」と言うのも無責任です、事故予防に限らず、なんであれ。(5月9日夜)

保護者に伝えることは…

 大津の事故を受けて、「散歩は安全なのですか?」と保護者等に訊かれたら? 散歩中にしている具体的な安全行動(どこでは道のどちら側を歩かせているか、それはなぜか。どこでは手をつなぐかつながないか、それはなぜか。特に危険と認識している箇所はどこか、それはなぜか等)をお散歩マップをもとに具体的に説明してください(訊かれる前にお散歩マップに年齢別の解説を書き込んでおくという方法もアリ)。一方、「子どもは急に走り出す」「横断歩道の途中で座り込む」「転ぶ」「道端で座り込む」などします、とも説明(「親御さんと一緒でも、お子さんはしますよね!」)。

 「大津のような事故が絶対起きないようにして」と言われたら、「私たちは~(上記)のように細心の注意を払っていますが、向こうから車がぶつかってきた場合には、どうしようもないことがあります」とはっきり答えてください。世の中がひっくり返っても「はい、そうします」と言ってはいけません。散歩には徒歩で行かない、園バスで行く、という園も同じです。駐車場自体が交通事故の起こる場所ですから。

 「じゃあ、散歩に行かないで」と言われたら? 園庭が十分にあり、ホールも確保されている園なら、「では、〇〇さんのお子さんは行かせませんが、他の子どもたちと行きたいと言った場合には、私たちでは説明しきれませんので、親御さんからお願いします」とでも。園庭がない(狭い)、ホールもない(狭い)園の場合、「お散歩で〇〇に行かないと、お子さんが思い切り遊ぶ環境が保証できませんから、親御さんがその時間をお子さんと持っていただけますか?」「今の日本の基準では、園庭がなくても、ホールがなくても保育園は認められるのです。この基準自体を変えるべく、自治体に働きかけていただけませんか?」と。

 安全(事故予防)の専門家として言います。予防のまったくしようのない事故は、稀にではありますが起こります。大津の事故は、そこに子どもたちがいあわせなかったら、いまどき、地方紙の数行のニュースにしかならない「交通事故」です(車という便利さを捨てたくないから、現代社会は車同士の事故を「当然のできごと=価値に伴う当然のリスク」とみなします)。そこに子どもたちがいあわせたのは、事故特有の「確率/運」です。命が、確率/運にも左右されていることを認めなかったら、人間は生きていくことができません。事故の中には予防できたはずのもの、予防すべきだったものがいくらでもあります(ほぼすべての事故)。熱中症のようにおとなが的確に判断すれば、ほぼ必ず予防できるものもあります(熱中症はおとなの判断ミスであり、事故以前の問題)。逆に、子どもにとっては学びになる事故すらあります(A-1)でも、今回の事故はまったく違います。そこを分けて考える訓練を、社会全体がし直さなければいけないのです。

 予防のまったくしようのない事故がありえると認め、そこにその瞬間いあわせたことが確率(不運)であったことを認め、その確率(不運)は誰にでも起こりうるのだと認め、でも、私は、私の子どもは、私の家族は、私たちが預かっている子どもたち…は、今日、その確率(不運)をすり抜けて、幸運にも生きることができたのだと考えること。どこかで誰かに起きている事故は、まったくの他人ごとではなく、実は大切なことを毎日、私たちに教えてくれているのです。

 今日、あなたが生きられたことを当たり前だと思わないでください(その不遜さ、傲慢さがあなたやあなたのまわりの人の命を危機にさらすかもしれません)。今日、あなたが、あなたの子どもが、あなたの家族が、あなたたちが預かっている子どもたち…が無事に生きられたことは、事故が確率(不運)であるのと背中合わせの確率(奇跡的な幸運)でもあるのです。そして、だからこそ、今日一日、おとなも子どもも、保育者も保護者も、本当の意味で質の良い日を過ごす必要があるのです。これが掛札の目から見た「子どもの最善の利益」であり、「保育の質」です。(説教くさくなっていますが、今回の事故のように確率と命がかかわりあうものの場合、どうしても哲学的な思考が必要になるので、お許しください。)(5月8日、9日)

「加害者」になるリスクを下げるために

 大津で 散歩の園児の列に衝突した車が突っ込み、お子さんが亡くなる事故が起きました。事故後に突っ込んでくる車を避けることは、ほぼできません。でも、車を運転する方は、まず、自分が加害者になる確率を下げることはできます。自動車やバイク、自転車を運転中は、絶対に電話もスマホもしない!です(今回の事故の原因を言っているわけではありません)。自分の車はハンズ・フリーだから大丈夫? いいえ、研究からはっきりしています。「車の中にいない人と話をしている」、そのこと自体が注意力を奪い、ブレーキを踏む等の反応時間を遅くするのです。ハンドルから手を離すことだけではありません。絶対に電話もスマホもダメ!です。運転中とわかっている人に電話をするのもやめてください。

 そして、交通事故は「事故 unintentional accident=危害の意図のない事象」であり、誰にも加害者になる意図はありません。でも、自動車、バイク、自転車を運転している人たちは、誰でも事故を起こし得、「加害者」と呼ばれてしまう可能性があるのだということをおわかりください。私の側には過失のまったくない状況で2回(自転車、歩行)、車にぶつかられたことがあり、いまや自転車すら乗らない、安全の心理学者・掛札の叫びでした。(5月8日)


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