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C-6. 言動を意識して、変えていくトレーニングの第一歩(2015年7月15日)


●言動(行動)を実際に変えることがゴール
●人間の行動はそう簡単に変わらない
●「つい口に出てしまう言葉」をスタートに
●「でも」「だけど」「だって」「ホントですか」…は危険な応答
●行動(言動)変容の基本
●「自分では気づかない口癖」もある
●まずは「また言った」と冷静に意識する
●少しずつ、言い換えていく
●失敗と、変わっていく瞬間を意識することが重要
●「了解」を書き換える、言い換える
●「すみません」を「ありがとう」に換える
●「お疲れさま」をレパートリー豊かに言い換える
●「ヘタ」は最高の動機づけ。「完璧」を目指さないで


言動(行動)を実際に変えることがゴール

 心理学というと、「気持ち」や「思い」のことを考える学問と思われるかもしれません。そういった分野も心理学にはもちろんありますが、私(掛札)は「行動を変える(行動変容)」分野にいる者です。 安全の世界には、「見守っているつもり」「注意しているつもり」「大丈夫なはず」といった、安全の足をひっぱる「気持ち」がたくさんあります。安全においては、安全行動を習慣化すること(=自分のルール、集団のルールにすること)が、基本的な鍵です。

 では、どうやって行動を変えるか。「動機」や「気持ち」はまったく要らない場合さえあります。たとえば、「シートベルトを締めるの、面倒だなあ」と思って、長年、できる限り締めてこなかった方もいらっしゃるでしょう。でも今の車は、シートベルトを締めないでいると警報音が鳴ります。締めるまで止まりません。「ピーピー、ピーピー、うるさいなあ」、カシャ。「行動を変える」という点では、これで目的達成です。「安全のため」と思って締めるのであろうと、「うるさいなあ」と思って締めるのであろうと、結果としてシートベルトは締めたのですから。



人間の行動はそう簡単に変わらない

 ところが、このように「簡単に」いく行動変容はなかなかありません。たとえば、食事やエクササイズといった生活習慣を変えることはとてもむずかしい。人間の意識や意思、価値観、文化、経験、認知、他の人との関係などなど、実に多数の要素がかかわってくるからです。すでにその人の習慣となっている行動を変えていくことは、健康心理学者がすでに何十年も取り組んでいるむずかしい(でも、とても興味深い)課題です。

 安全行動もそうです。日本の場合、チャイルドシートの使用率も子どもの自転車ヘルメット着用率も低迷しています。でも、シートベルトと同じような方法で、チャイルドシートや子どものヘルメットの着用を促すことはたぶん無理でしょう。

 そもそも、健康や安全にかかわる行動変容は、「遠い先のこと(病気)」や「万が一のこと(傷害)」に備えるためのものなので、目先の動機づけ(おいしいものを食べたい、面倒くさい、時間がない、今はとにかくこれを片付けなくちゃ、など)にどうしても負けがちなのです。まして、自分や自分の子どもが病気になる、事故に遭う、事故で深刻なケガを負ったり命を落としたりするとは考えたくありません。「起きるわけがない。だから、(安全策をしなくても)大丈夫」、これが人間なら誰でも必ず持っている「認知の歪み、誤り」です。


「つい口に出てしまう言葉」をスタートに

 話し言葉のコミュニケーションに関する行動変容も、「変えたい」と思いつつ、非常にむずかしいもののひとつです。最大の理由は、「言葉というものは、つい口に出してしまうものだから」です。口癖、売り言葉に買い言葉(ケンカ)、感情的な言葉…、つい口がすべって、「しまった!」と後悔した経験はありませんか? 経験がない人はいないはずです(「しまった!」と感じるべき時にそう感じられないとしたら、それはそれで別の問題です…)。そして、話し言葉は、一度口にしてしまったらもう消すことができません。

 そうは言っても、「むずかしいから」で終わらせるわけにはいきません。保育の場合、子どもたちと接している時の言葉、保護者に向ける言葉、一緒に働く人たちに向ける言葉、それぞれの場所で適切な言葉を使うことが求められます。「適切な言葉、不適切な言葉ってどんなもの?」、まずこれを知っていることが不可欠ですが、知らない、わからないという方も大丈夫。まわりの人たちから教えてもらえばいいからです。

 「どうすれば教えてもらえる?」、ていねいな言葉で尋ねて、教えていただけたら「ありがとうございます。勉強になりました。またお願いします」(*)とていねいにお礼を言いましょう。それを繰り返すだけです。ただ、尋ねた相手が間違っている場合もあります(年齢が上で、経験があるからといって正しい言い回しを使っているとは限りません)。ですから、最低でも2人、3人には同じ質問をしたほうがいいと思います。
 (*) ここで「参考になりました」と言う方がたくさんいらっしゃいますが、「参考になりました」では、「教えてもらったけど、使うかどうかは自分で決めるよ」という偉そうな態度に聞こえてしまいます。「勉強になりました」のほうが適切です。

 では、どうやってていねいに尋ね、ていねいにお礼を言えばいいのか。まず、自分が「ていねいに言葉を口にしているかどうか」を意識できる必要があります。意識できない言動は、絶対に変えることができないから、です。まずは、「いつも口から出る言葉」を意識すること、そして、変えていくことから取り組んでいきましょう。「自分がつい言ってしまいがちな言葉」ならなんでもよいのですが、もし、言うべきではない口癖を言っているとしたら、そこから始めていくのが一番簡単です。


「でも」「だけど」「だって」「ホントですか」…は危険な応答

 「でも」「だけど」「だって」「あ、違います」「そうじゃなくて」…、話をさえぎるようにして、文頭でいつもこう言う人が少なからずいます。こうした口癖は、絶対に言うべきではないもの、です。なぜなら、相手を不快にさせるから。本人には口ごたえをしているつもりがなくても、聞いている側は「反論されている」「言い訳ばかりする」「話をまともに聞いてない」と、否定的に受け取ります。

 あるいは、20~30代の人がよく使う応答の口癖のひとつ、「ホントですか?」「ホント?」も、相手を不快にさせます。字義通りにとればこの応答は、相手の言うことを疑っている意味です。保護者がなにかを伝えてきた時に「え、ホントですか?」と言ったら、虫の居所によっては腹を立てる人もいるでしょう。「そうだったんですか」と共感の気持ちを込めて言えば済んだものを、相手の気持ちを逆撫でしてしまうことになります。
(ためしに、「そうだったんですね(ですか)」と「ホントですか」を使って、共感のこもった言い方、いやみな言い方、無関心な言い方、茶化している言い方などをしてみてください。「ホントですか?」という応答を共感の込もった言い方で口にすることは、とてもむずかしいか、不可能です。)

 子どもが言ったことに対して、「ホント?」「ウソ~!」と応答する先生もいます。子どもはまだ、この「ホント」「ウソ」に感嘆の気持ちが込められていることを知らないかもしれません。実際、先生に「ウソ~!」と言われ、「嘘じゃないのに…」と他の先生に訴えた子どももいたそうです。「子どもの気持ちを踏みにじった」「人権侵害だ」という苦情にもつながりかねない危険な言葉です。

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行動(言動)変容の基本

 では、こうした口癖があると気づいたら、どうすればいいのでしょうか。行動変容の基本はたいていいつも同じです、言動(言葉)であっても行動であっても(上のような口癖はない、と明らかに自覚できる方も読み進めてください。別の例が下に出てきますので)。

1) 変えたい/止めたい言動や行動を明確に意識する
2) 変えたい/止めたい言動や行動を、別のものに置き換える/止める

 1の「意識する」が身につくと、自分が言っている言葉や自分がしている行動を常に意識することもできるようになっていきます。そうすると、「つい」「うっかり」言ってしまう、「つい」「うっかり」何かをしてしまう/何かを忘れてしまう、ということも減っていきます(「つい」「うっかり」をゼロにすることはできませんが)。特に、コミュニケーション(自分自身の言動をコントロールする)の場合、1ができない状態で2をすることは不可能です。


「自分では気づかない口癖」もある

 ただし! 口癖はとても「意識しにくい」ものでもあります。人に言われて初めて、「え、私、そんなこと言ってた?」という場合も少なくありません。口癖と言うぐらいですから、無意識に言ってしまっている場合が多々あるわけです。実際、「でも」「だけど」「だって」「ホントですか?」と何度も言っているのに、自分では気づけない方もいます。

 そうすると…、「私、言ってない?」「僕、言ってないかな?」「私(僕)の口癖、なんだろう? 教えて」「私(僕)の話し方で、気になるところはない?」とまわりに聞くことが最初の一歩になります。親友、家族、同僚、誰でもかまいません、聞いてみてください。

 そして、教えてもらえたら、「教えてくれて、ありがとう」と笑顔で言いましょう。「~っていつも言っているよ」「うん、~って言うよね。ちょっと気になる」とせっかく教えてもらったのに、「え、そんなこと、言ってる? 言ってないよ」と怒って反論したのでは、二度と教えてもらえませんので。


まずは「また言った」と冷静に意識する

 さて、「これが私の『気になる口癖』だ」とわかったら、次は「意識する」段階です。たとえば、「でも」「だけど」「だって」「え、ホント?」と口にした度に、「あ、また言った」「あ、言った」と思いましょう。最初のうちは、これさえ容易ではありません。なにしろ、無意識に言っている口癖なのですから。「自分で気づいて意識するのはむずかしい」と思ったら最後の手段、「気がついたら『また言ったよ』と言って」とまわりにいる人に頼むのもひとつの方法です。

 この時、「また言っちゃった…、私、ダメだなあ」と反省や後悔をする必要はまったくありません。冷静に、「あ、また言ったなあ、私」「言った、僕」と頭の中で、一瞬思えばいいのです。もちろん、「また言った」と、小さくひとり言を言ってもかまいません。反省や後悔は時間と感情のムダです。冷静に「また言った」と意識します。

 とにかく「無意識で言っていた口癖を意識の上にのぼらせること」が、ここの目的。言いかえるのも、言うのをやめるのも、この段階をある程度過ごした後です。中途半端に「気づいているつもり」「意識しているつもり」になってはいけません。徹底的に「あ、また言った」をくりかえしてください。

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少しずつ、言い換えていく

 「意識する」を1週間なり2週間続けて、「あ、また言った」という警報音が頭の中でかなり自動的に鳴るようになったらしめたもの。「でも」「だけど」「だって」「ホント(ですか)?」の、最初のあたりで「あ、また」と気づくようになるはずです。そうしたら、「ああ」「ええ」「はい」「そうなんですか」と言い換えてみてください。

 最初は、口がモゴモゴするでしょう。間(ま)があくはずです。でも、そのモゴモゴと間(ま)がとても大事。なぜなら、それこそが「言動を意識して変えること」そのものだからです。恥ずかしがらずにモゴモゴしましょう。「何か言われたら間髪入れずに返事をしなければ」と思う必要自体、そもそもないのです。相手の話をゆっくり最後までうなずきながら聞いて、少し間(ま)をおいてから話を始める。そのほうが「ちゃんと考えてから言葉を出していますよ」という印象を相手に与えることができます。

 そして、応答のレパートリーをどんどん増やしていってください。会話の中で使う日本語の応答は、無数にあります。その場に合わせて、適切な応答をすることはコミュニケーションの上でも大事ですが、なにより自分の脳のために大事です。なにもかも「でも」「だけど」「だって」「違います」「ホントですか?」で返していたら、言葉は増えません。脳は働きません。自分自身の脳のためにも、意識して言葉を言い換え、増やしていくことが大切です。


失敗と、変わっていく瞬間を意識することが重要

 この「意識して」「モゴモゴして」「言い換える」というプロセスをどんどん経験していくと、どんなコミュニケーションについても、「意識して」「一瞬考えて」「適切な言葉を言う」という段階を踏むことができるようにだんだんとなっていきます。ですから、「私(僕)、口癖なんてない」で終わらせないでください。このプロセスをしっかり味わいながら、経験していくことが、一番重要だからです。

 “The Talent Code” (Daniel Coyle, 2009) という本は、人間の能力やスキルがどう伸びていくのかを現在の脳科学や心理学の知見から解説しています。それによると、音楽やスポーツの「天才」と呼ばれる人たちは、自分の失敗を明確に意識して、失敗した部分を意識してやり直し、正しい方法やよりよい方法に変えていくスキルと習慣を持っているのだそうです。やみくもにスポーツの動作や音楽の演奏をくりかえすだけでは向上がなく、ちゃんと失敗を意識して理解し、動作や演奏を変えることで初めて向上が起こり、そこに脳の変化もかかわっていると、最近の研究から明らかになっているそうです。

 口癖そのものは、失敗ではありません。けれども、「意識して言い換える」「意識して止める」「意識して別の言葉を考える」という体験を積むためには、とっつきやすい材料になります。ただし、1カ月やそこらで変わるとは思わないでください。ひとつの口癖を変えるのに、最低でも数か月はかかります。天才を作るのも、習慣を変えるのもそう簡単にはいきません。

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「了解」を書き換える、言い換える

 「でも」「だけど」「だって」「ホントですか」をそもそも言わない場合は? その場合は…、たとえば「了解」をやめましょう!

 「了解しました」「了解です」が正しい敬語かどうかは、インターネット上でも議論されているようですが、ここで重要なのは、その点ではありません。大事なのは、いまやたいていの日本語話者が「了解」を使っていること。そして、これを言い換えることは、とても良いトレーニングになる点です。

 私(掛札)は「了解」を使いません。おそらく、無意識には使ったことがないと思います。なぜなら、私が2008年、米国から帰ってきた時に「なんで、みんな、『了解!』って言っているの?」とびっくりしたからです。「了解」は、軍隊と鉄道会社の人の言葉だと思っていました…。少なくとも私は、この言葉を「同じ立場にいる人同士の言葉」として理解してきましたし、自分よりも上の人に向かって「了解しました」はありえないと今でも思っています。

 私の解釈が正しいかどうかについては、どうでもいいことです。「そんなことない。了解は、なんの問題もない言葉だ。変える必要はない」と思う方は、ここをスキップして、次の言葉に行ってください。「了解」がトレーニングとして役立つと私が思う理由は、携帯やスマートフォン、パソコンなどのメールで、無数の人たちが「了解」を連発しているからです。

 口から出る言葉は、「つい」「うっかり」「口がすべって」出てきやすいので、意識して変えていくことは決して容易ではありません。ところが、メールの場合はずっと容易です。了解の「り」を打った瞬間に、「あ、違った。『了解』じゃない」と意識して、別の言葉にすることができるからです。「り」(行動)、「あ、違った」(目で見て意識する)、「了解じゃなくて…」(行動を変える)と、一連のプロセスが長いため、途中で変えやすいのです。

 了解を言わなくても、「わかった~。ありがと」「わかりました」「承知(いた)しました」「かしこまりました」と、適時適切に言い換えることができます。すべてを「了解(しました)」で済ませてしまうより、「今、この人に対しては、どの言葉が適切か」を考えたほうが(またまた)自分の脳のためです。

 そして、メールで「意識して、変える」ができるようになったら、並行して、口から出す言葉も変えていけばよいということになります。


「すみません」を「ありがとう」に変える

 了解をもともと言わない方、または「了解でかまわない」という方は、「すみません」を「ありがとう」「ごめんなさい」「申し訳ありません」に言い換えましょう。または、メールで「すみません」と書いたら、書き換えましょう(日本には、「すみません」「ありがとう」「ごめんなさい」をそもそも言わない地域もあるようですので、その地域に該当する方はこの項を飛ばしてください)。

 保育園では子どもに向かって、「ほら、ちゃんと『ありがとう』と言いなさい」「ちゃんと『ごめんなさい』と言いなさい」と話しますよね。にもかかわらず、「ありがとう」「ごめんなさい」は年をとる中でいつの間にか、すべて「すみません」になってしまい、本来、「申し訳ございません」と言うべき時まで「すみません」で済ましてしまう人がたくさんいます。

 私が「すみません」を使うのは、道を尋ねる時と誰もいない店に入っていく時ぐらいです。電車やエレベーターで道をあけてもらう時は「ごめんなさい」、人に感謝する時は「ありがとうございます」、謝る時は、相手の立場や状況に合わせて「ごめんなさい」と「申し訳ございません」を使い分けます。

 「すみません」が悪い言葉だとは言いません。ただ、「了解」同様、「すみません」は言い換えるトレーニングにもなり、言い換える言葉もちゃんとあるというだけのことです。ですから、他の言葉でもまったくかまいません。とにかく自分が無意識にいつも口にしている言葉をみつけて、それを「意識して、言動(言葉)や行動(メール)を変える」体験をすることが、コミュニケーションのスキルを身につける基礎なのです。

 (そして…。「ありがとう」「ありがとうございます」は、とっても良い言葉だと私は思います。口にすると自分自身も感謝の気持ちを感じ、幸せになる言葉です。「ありがとう」の代わりに「すみません」を口にした時、同じように幸せな気持ちになるでしょうか?)

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「お疲れさま」をレパートリー豊かに言いかえる

 または、いまや挨拶の常套句になってしまっている「お疲れさま」。朝は「おはようございます」、昼は「こんにちは」(「こんにちわ」ではありません!)、夜は「こんばんは」「ごきげんよう」「お帰りなさい」…、こうしたレパートリー豊かな挨拶が片端から「お疲れさま」になってしまいつつあります。自分が他の職員を残して職場を去る時にさえ、「お疲れさま」と言う非常識な人がいるくらいです。

 こちらもまた、その場に合わせて挨拶を使い分ける、言葉のレパートリーを増やすことにつながりますから、ぜひ、意識する言葉のひとつにしてみてください。


「ヘタ」は最高の動機づけ。「完璧」を目指さないで

 このように、コミュニケーションの練習のきっかけはあちこちに転がっています。とにかく、どれかひとつから始めてください。「私、コミュニケーションがヘタで…」という方は、保育士さんの中にもたくさんいらっしゃいますが、「ヘタだから」を言い訳にしても、保護者対応を乗り切ることはできませんし、必要な情報交換を同僚としっかりすることはできません。「ヘタ」を言い訳にせず、「うまくなろう」という動機づけに変えてください。行動を変える最初の一歩は、「私(僕)もやってみようかな」「私(僕)にもできるかも」と、自分の心の中に意思と希望を持つことです。

 (「私のコミュニケーションは完璧」「何もしなくても大丈夫」と思っている人に、成長の余地はありませんよね。だから、「ヘタ」「もっと良くならなきゃ」と思うことは、とても大事なのです。)

 もうひとつの鍵は、「すぐに完璧になる!」を目指さないこと。人間の言動や行動(習慣)はそう簡単に変わりません。新しい行動や習慣は簡単には身につきません。そもそも、人間は必ずミスをする生き物ですから、スキルがいくら上達しても「つい」「うっかり」は起こるのです。「完璧なスキル」はそもそもありえません。けれども、スキルという言葉が本来持っている意味(※)の通り、「変わろう」「身につけよう」と思いさえすれば、より良いコミュニケーション・スキルを必ず身につけることができるのです。そして、身につけていくプロセスそのものが、自分を変え、育てていくスキルを学ぶ機会になります。



※スキルという言葉の定義:仕事や職業訓練などの分野で使われる英語の「スキル(skill)」は、知識(knowledge)や技術(technique)を統合して、「今」「ここ」の状況に使うことができる「統合された力」「応用力」を指します。保育も、概論的な「1歳児保育の知識と技術」だけでなく、「今、目の前にいるこの1歳児の集団に、自分の知識と技術を適切に使うスキル」を必要とします。たった一人で仕事をするわけではない以上、現場の保育にとって不可欠なのはまず、「他の先生たちと適時、適切なコミュニケーションができるスキル」です。
 コミュニケーション・スキルは、生きていく上で、他人とともに働く上で、基本のスキルであり、誰でも「身につけよう」と思ってトレーニングをすれば身につけられるものです。逆に言えば、知識・技術中心の日本の学校教育では身につかず、そのまま社会に出ても身にはついておらず、意識して身につけていかない限り、誰にも身につかないものです。

(おまけ1)  私(掛札)はもともと広報職で、医療に関する記事を書いたり校正したりする仕事を14年間していました。なので、書き言葉については、常に意識する状態にいたのだと思います。その後、突然、それまでしゃべったことも書いたこともなかった英語の世界に飛び込み…。最初は、授業でわからないことがあって先生に質問をしたくても、「この質問は、英語でなんて言えばいいんだろう?」でした。つまり、書く言葉だけでなく、話す言葉も常に意識する状態で、私は5年間を過ごしたことになります(もちろん滞米の最後のほうでは、意識しなくても反射的に出てくる英語が増えました)。
 この「話す言葉を意識する」は、英語をほとんど話さなくなった今も残り、日本語であっても「自分が話している言葉をひとつひとつ意識する」ようになっています。それでも、言わなくていいことをついうっかり、言ってしまうことはよくあります。同じ過ちは、二度はしないように意識していますが…。

(おまけ2) 「でも」「だけど」「だって」「ホントですか」も言わない、「了解」でかまわない、「すみません」でもかまわない、という方は、ご自身でトレーニングの対象になる言葉を必ず探して、トレーニングをしてください。「できるつもり」「わかったつもり」は絶対に通用しないのが、スキル上達の世界です。まわりから見たら、あなたのコミュニケーション・スキルの高さ/低さは丸見えですから。「できるつもりの裸の王様」になりたくなかったら、トレーニングを必ずしましょう。
 人間は、「できない理由」「しない理由」なら何百でも何千でも瞬時に考えられる生き物です。私が調査票(アンケート)を作る時は、「なぜ、しないのですか?」「できない理由は?」とは、必要がない限り訊きません。人間は、「今、していないこと」「やりたくないこと」を正当化する名人なので、このような質問をしても無駄だからです(こうしたことを考えるのが、社会心理学者の仕事です)。「できない理由」「しない理由」ではなく、「してみる気持ち」「できる気持ち」を自分の中で育てましょう。

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