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1-2. 深刻事故対応を具体的につくるための考え方(2016年7月31日)


2項目めと、例3に加筆しました(11月24日)

 保育施設における深刻事故対応には、2つの側面があります。

1)深刻事故が起こらないよう取り組む。
 子どもの死亡や重症、重傷ができる限り起こらないよう職員が行動する、環境を設定する。

2)深刻事故が起きた時、働く人の心と仕事、保育を守るべく取り組む。
 他人の子どもの命を預かる施設として、深刻事故の予防に取り組み、事故後の対応を適切に行う。

 いずれも「起きるかもしれない」という想定が不可欠(最初の一歩)です。「うちの園では、ひどいことは起こらない」と楽観バイアス(人間に必ずある認知の歪み=「悪いことは自分〔の側〕には起こらない」)を持ったままでいたら、予防の取り組みもせず、事故後対応の準備や練習もしないでしょう(事故後対応については、内閣府の「安全ガイドライン」にも、大枠が示されています)。

 火事の避難訓練を考えてみれば簡単です。火事が起こらないよう、火の元やガスのチェックは確認マニュアルを作り、毎日、マニュアル通りの行動を必ずしているはずです(上の1に該当)。でも、「それでも、火事は起きるかもしれない」から、死亡ややけどや延焼を防ぐために避難訓練や消火訓練をします。ただ慌てるだけで、燃え落ちる園舎を見ていたら…? それが上の2に該当する部分です(けれども、上の1と2がこんなにきれいに分かれる例はあまりないのではないでしょうか。たとえば、地震には1がありません)。

 「預かっている子どもの命が失われるかもしれない」というのも、火事同様、想定の中に必ず入れておかなければいけません。それはおびえるためではなく、まったく逆に、万が一の時に落ち着いてすべきことをするために不可欠な想定なのです。 ここでは特に、上の2、「働く人の心と仕事、保育を守るべく取り組む」ためのシミュレーション(想定)の考え方を中心に説明します。

 例は今後、増えていくと思います。


想定の基本は、「死ぬかも」「死んでいるかも」

 預かっている子どもの命が失われないようにする。これは当たり前です。でも、人間は死ぬ生き物ですから、なにかの折に命が失われてしまうことはあります。その時、「働く人の心と仕事、保育を守る」ことを考えると…。

 対策を考えるための想定は非常に簡単です。

「子どもの命が失われてしまった場合に、保育施設の園長、理事長、職員がなにをしていなかったら、社会的責任を問われ、自分たちの心と仕事と一生を危機にさらすか」

と考え、すべきことを逆算して考えればいいのです。そして、当然のことですが、このように逆算してすべきことを準備し、訓練し、実際に行えば、子どもの命を救える可能性も上がります。


想定→「動き方」をつくる→訓練する(11月24日加筆)

 「私たちの園でも子どもが死ぬようなことが起こるかも」「心肺蘇生を必要とするようなことが起こるかも」と想定するだけではダメです。そのようなリスクを明確に想定したら、「その時、誰が、どのように動く?」と考えましょう。これも避難訓練と同じです。そして、皆で決めた動き方を訓練しておかなければいけません。訓練は、真剣なロールプレイです。

 なぜでしょうか。「火事だ!」「地震だ!」「Aちゃんが息をしてない!」…、人間はこのような状況におかれると冷静な判断が下せなくなります。そもそも、のんびり冷静に考えている時間はないのです。あわてている時に、(大脳の冷静な思考と判断がなくても)からだが自動的に動くようにしておく、そのために火事の時や地震の時の避難の場所や方法を決め、訓練をくりかえしているわけです。子どもが異常な状況におちいっている場合もまったく同じです。「死ぬこともあるかもね(想定)」で終わるのではなく、「水の中で沈んでいたら?」「睡眠中に呼吸が止まっていることに気づいたら?」「園庭で倒れて、動かなかったら?」と具体的に考えて、動き方を具体的につくり、訓練をしておくのです(この時の役割分担については、『保育現場の「深刻事故」対応ハンドブック』にひな型を掲載しています)。

 心肺蘇生法や気道内異物除去の方法は毎年トレーニングしていても、それだけでは不十分。「水の中で沈んでいるのがみつかった」「息をしていないのに気づいた」「おもちゃを誤嚥した」、起こりうるこういったできごとと、救急対応や119番通報を想定の中でつないでみて、実際に試してみて、これならスムースに動けると思ったら訓練をくりかえしておく。それによって初めて、想定の意味があるのですし、身につけた救急法が現場で活きるのです。そして、くりかえし訓練していれば、火事や地震の時と同じように、あわてず焦らず、それぞれの職員が自分がその時すべき役割にすぐつくことができるようになるでしょう。(2016年11月24日加筆)


例1:子どもがプールの中で沈んでいるのがみつかった

 すぐに引き上げ、その場で救急車を呼び、すぐに心肺蘇生を開始する。保護者にもすぐに連絡する。119番通報と心肺蘇生をすぐに開始することが「働く人の心と仕事を守る」ために不可欠であり、それによって、もちろん子どもの命を守ることができるかもしれません。

 こう想定すると、『保育現場の「深刻事故」対応ハンドブック』の5ページにある「救急通報シート」を作り、パウチして、携帯電話と一緒にプールサイドに置くという具体的な行動につながります。プールから事務室に走っている間に数分が経ってしまうからです。もちろん、心肺蘇生のトレーニングをしっかりしておこう、という行動にもつながります。

 救急車が到着する前に息を吹き返しても、「なんだ、呼ばなければよかった。恥ずかしい」ではありません。それはあくまでも、息を吹き返したから言えることにすぎないのです。

おまけ:「食べ物やものが詰まって、息をしていない/息がだんだんできなくなっている」時も、すぐに救急要請、そして気道内異物除去、心肺蘇生です。また、「アナフィラキシーを疑ってエピペンを打った」という時も救急要請。エピペンはアレルギー反応自体を抑える薬ではありませんので、「打ったから大丈夫」ではありません。)


例2:不審者が園の建物の中に入ってきた

 私(掛札)自身、園内研修等の時にはできる限り、職員にみつからずに園内まで入ろうとします。夕方のお迎え時間帯であれば、園内に入るのはかなり簡単ですし、誰にも見とがめられることなく、園の事務室まで入れたことも複数回あります(公私園問わず)。

 不審者対応訓練はどこの園もしていますが、想定が非常に甘い点がいつも気になります。「変な人が入ってきた」ぐらいではダメです。少なくとも、「刃物を持った人が、子どもを殺そうと(誘拐しようと)飛び込んできた」です。原因は保護者の親権のこじれかもしれません、なにかわかりません、けれども、実際に刃物で何人も殺すことができる以上、これを想定して対応を考えることが重要です。

 私(掛札)も数年前、都内の公立保育園でこの対策を考えるお手伝いをしましたが、最後は最寄りの警察署に尋ね、「建物内と室内はこういうレイアウトなのですが、そういう場合にはどうしたらいいでしょうか」と相談するのが最良のようです。依頼すれば、警察官が不審者の代わりになって訓練をしてくださるでしょう。


例3:園外活動中に行方不明になった

 たとえば、散歩の途中で「あれ? ○○ちゃんがいない!」と気づいたら? 「探す」「園に電話する」「他児の安全確保をする」…、皆さん、ここまでは出てくるのですが、出てこないのが「警察に電話をする」。

 人間は「きっと大丈夫」「みつかるはず」(楽観バイアス)をもっているため、そして、「怒られたくない」という感情のため、警察どころか、へたをすると園にすら電話をしません。みつかればそれでいいのでしょう(そして、たいていはみつかるので、次も「きっとみつかるから大丈夫」と楽観バイアスが強化されるのです)。

 でも、これはまさに、

「子どもの命が失われてしまった場合に、保育施設の園長、理事長、職員がなにをしていなかったら、社会的責任を問われ、自分たちの心と仕事と一生を危機にさらすか」

と考え、逆算して対応を考えるべき事例です。「大丈夫」と思って探しまわり、それでもみつからず、10分後に警察に電話をして…。ようやくみつかったら、その子は用水路の中で死んでいた。「なぜ、すぐに警察に電話をしなかったんですか?」と尋ねられること、間違いなしです。だから、「いない!」と思ったら、まずは園と警察に電話。警察の対応はそれぞれ異なると思いますが、子どもが無事にみつかったら「ご心配をおかけいたしました」で済むことです。

おまけ:散歩や園外保育に出かける前には必ず、園に置いてあるカメラと、外へ持って出るカメラまたは携帯で、全員の写真を撮ってください。警察等に連絡する時、「こんな色の服を着た子ども…」と説明しなければならないからです。人間の記憶はきわめていいかげんですから、ほぼ覚えていられません。持って出る職員のカメラ/携帯にも写真が必要なのは、いちいち園に電話をして「どんな洋服だった?」と聞いている時間がないからです。そして、その日に撮った写真は、帰園したらすぐに消去します。前の写真が残っていたら、混乱のもとになるからです。)

11月24日加筆(もうひとつおまけ:誰かが行方不明になるなどして園に電話がかかってきた時、電話をとった園長、職員が「なにやってんの!」などと怒鳴ってはいけません。絶対にやめてください。行方不明に気づいた職員は、すでにパニック状態(冷静な判断が下せない状況)にあります。そこに園側が怒鳴ったりしたら、パニック状態を悪化させるだけです。このような事例の時も、心肺停止や溺れ等の時も、園長やリーダー格の職員が言うべき言葉は、「落ち着いて!」「落ち着こう!」であり、「焦らないで!」です。 それも怒りのこもった声のトーンではなく、冷静でやわらかなトーンで。「そんなことできるわけない!」…、いえ、それをできるようになることがリーダーとして働く人の要件です。

※この事例は、世田谷区の民間保育園が園内研修でお使いになる際、相談いただいたものです。


例4:天気が急変するかもしれない時

 園外保育に時々、行っている小川に遊びに行く予定でした。でも、午後から大雨警報。今の空模様では降りそうもない…。園長は「やめましょう、降って増水したら危険だから」、担任は「でも、子どもたちも楽しみにしているし、降ったらすぐに帰ればいいのだから」…。

 こちらの「保育の価値とリスクを伝えるコミュニケーション」(コミュニケーションの大項目A)で少しずつ書き始めている通り、保育には大きな価値があり、その裏には必ずリスクがついてきます。「園庭で元気に走れば転ぶ。転べば最悪、骨ぐらいは折る」「跳び箱ができるようになるのは、すごいこと。でも、手が滑れば、落ちて骨ぐらいは折る」。立って歩く/走るから転ぶのですし、絶対に骨を折らない、ケガもしない転び方はありません。いろいろなことができるようになればなるほど、子どものケガも増え、ケガも深刻になるのです。とはいえ保育者は、「しないでいいケガ」をさせない、「大きなケガ」をさせないように取り組んでいます。それは保育の価値とリスクを天秤にかけて、「今、この子どもたちにできること」「させていきたいこと」とその裏にあるリスクを考えていく、「保育の質の高さ」そのものでしょう。

 では、小川に遊びに行くという価値と、大雨のリスクも同じように天秤にかけていいのでしょうか? ここに出てくるリスクは自然現象という、人間のコントロールがきかないものであり、起きる危険は「水による事故」というきわめて深刻になる可能性のあるものです。園庭や公園で、保育者がある程度の指示を出しながら、子どもたちもある程度は注意しながら(=人間のコントロールがある程度きく)、ケガというたいていはさほど深刻ではない結果を防いでいく、という状況とはまったく違うのです。

 特に、川遊びについてはすでに園長の社会的責任が問われています(「ニュース」5月30日の記事)。「園長、保育者の心と仕事と保育を守る」という視点からすると、「自然現象(天気)」のリスクをとるべきではありませんし、それが「水」に関わる場合にはいっそう危険です。「危険を予見できたのに、予防対策をとらなかった」「無理をした」と責任を問われる可能性が十分にあるのです。


例5:睡眠中、水/プール活動中

 これは「睡眠中の安全」(3-1)、「水遊び、プールの安全」(4-1)に書いてありますが、再度。「うつぶせ寝でみつかった」「睡眠チェックをしていなかった」という場合には、園が社会的責任を問われる可能性があります。「水遊びやプール活動に監視役がいなかった」「監視約がいたけれども他のことをしていた」という状況で溺れが発生した時にも、社会的責任を問われる可能性があります。もちろん、救急車を呼ぶのが遅れた、心肺蘇生をしなかったとなればいっそうです。

 いずれも施設の管理者と、その場でその役目を果たすべきだった職員の社会的責任を問われ、心と仕事が危機にさらされます。

 「うちの園でそんなことが起こるはずがない」と思っていたら、予防に取り組みません。万が一、起きた時の対応を準備しませんし、練習もしません。深刻事故がそのような状況で起きたら、手遅れになります。子どもの命が失われ、園長、職員の心と仕事も深刻な状態になります。



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