メイン画像

8-1. 気象災害と対応の考え方:特に休園について(2018年9月7日)


9月12日加筆:「自分の園の判断基準を決める」項の「熱波」に加筆

 以下は、掛札が2018年7月中旬以降、熱波や豪雨災害、地震に関連して主に施設長会でお話ししている内容です。各地の園長の方たちと個別にもお話ししてきた中で、内容がかなりかたまってきましたので掲載します。徐々に加筆・修正していきますこと、ご了承ください。自治体に働きかけるためにもお使いいただけると思います。

今年の気象がこれからの「普通」

 前提です。まず気象事象に関する限り、「今年は異常だ」と思わないでください。今年の気象は象徴的なだけで、これからはこのような「極端な気象事象(extreme weather)」が増えこそすれ、減ることはないでしょう。なぜなら、地球上の気候および気象をそれなりに安定させてきた海洋環境、森林環境、極地の氷、大気がどんどん減少/不安定になっているからです。

 NASA(アメリカ航空宇宙局)が作ったわかりやすい動画がありますので、ご覧ください。画像の右上端にあるのが日本です。右上隅に年(1880年~2017年)が出ます。白が起点年(1880年)と同じ平均気温、青が「起点より2度以内低かった年」、赤が「起点より2度以内高かった年」です。動画をスタートさせます。日本のあたりだけでなく、地球上すべてでどんどん赤が増えていきます。いわゆる「地球温暖化」です(※)。

・気象は極端化、予測困難に

 でも、この現象は、ただ地球が暖かくなっているだけではありません、気象(雨、雪、気温等)が極端になってきているのです。梅雨のはずが豪雨、巨大な台風、従来とは異なる台風進路、そして、熱波(heat wave。暑い日が数日続き、おさまり、波のように起こるため)、夕立ではなくゲリラ豪雨、豪雪…。そして、最低気温の上昇に伴い、今後、たとえば蚊媒介の感染症が増加する可能性(環境省)もあります。

 今冬は、あまり雪が降らない地域で豪雪かもしれません、来年は冷夏かもしれません。単純に寒いか暑いかではなく、とにかく気象が不安定になり、予測が難しくなっているのが現状であり、このまま気候変動(climate change)が続けば、よりいっそうそのようになっていくのが「これから」なのです。

(※「1880年に比べてたったの2度?」と思った方もおいでと思いますが、産業革命以前の地球上の平均気温に比べると、今の平均気温は「たったの1度」しか高くないのです。けれども、この1度が極地や高地の氷を溶かし、海水の酸性化を進め、植生を変え、日本の気候を温帯から亜熱帯的に変え、気象を不安定にするには十分なのです。今年2018年に出た新しい報告書によると、今世紀末までに地球上の平均気温が産業革命以前に比べて2度上がったら、地球環境はドミノ倒し的に悪化し、地球全体が温室状になる可能性があるとのことです。英語ですが、BBCの記事はこちら。私は30年前、大学の専攻が森林環境関係なので…。)

災害から子どもの命を守るのはおとなの明確な判断

 熱中症を含む自然災害から子どもの命を守ろうとするのであれば、おとな(保護者、園)の明確な判断と行動が必須です。子どもは自分で熱中症を感知することができませんし、災害の時に自分の命を守ることもできません。おとな(保護者、園)が、たとえば「外に出さないようにしよう」「ここにいたら危険だから避難しよう」と判断すること、その判断が子どもの生死を分けます。

・判断を難しくする認知バイアス

 ところが、人間(おとな)は特に気象について「きっと大丈夫だろう」という強い認知バイアスを持ちがちです。人間にもともとある「楽観バイアス」(※)に加えて、気象事象の場合、「心配したのに大丈夫だった」という後悔をひんぱんにしていることもあるでしょう。「雨みたいだから、夏祭り、中止にしよう」…「え、晴れちゃった! やればよかった~」、この後悔は楽観バイアスを強化する形で記憶に残ります。逆に、「雨みたいだから、夏祭り、中止しよう」…「予報通り、雨だった」は、「雨だったね、やめといてよかった!」という形で肯定的に評価されることがまずありません(本来は、意図的に口に出して「よかったね」と言うべきです)。

 そうすると、「あの時も結局、大丈夫だったんだから今回も大丈夫のはず」が生じます。事故同様、「あの時、大丈夫だった」は決して、「今回も大丈夫」という保障にはなってくれないのですが。

(※楽観バイアス optimistic biasとは、発生確率(≒リスク)が平等であるできごとにおいても「私(たち)は大丈夫」と思ってしまう認知バイアス。前頭葉にこれを司る部位があることもわかっています。災害だけでなく、事故、病気、お金などあらゆるリスクについて起こります。)

「自分の園」の判断基準を決める

 気象事象が極端になっていくのであれば、また、地震のような自然災害のリスクを考えるのであれば、保育施設はまず第一に、自分たちの判断基準を明確に決めておくことが必須です。熱波、豪雨、台風、地震、豪雪…、パニック状態になってしまい、冷静な判断が困難な場合もありますし、なによりその場の判断が毎回コロコロ変わるのでは、現場も保護者も不安になります。判断があいまいなために避難等の対応が遅れ、人命を失う可能性すらあります。ですから、それぞれの事象について、「私たちの園ではこうする」という判断基準を先に決めておく必要があります。

・判断基準は、あくまでも園ごとに

 ここで重要なことは、同じ法人内、企業内の園であっても、判断基準は園ごとに決めるという点です。園の立地、建物条件等によってリスクは変わるからです。漫然と避難訓練を続けていても、判断基準が具体的でなければ訓練には意味がありません。

★熱波の場合

 たとえば…、1)至近の観測地点の数値(暑さ指数/WGBT)を判断基準に使うか、自園の子どもが活動する場所で計った数値(暑さ指数または気温)を使うか。その上で、2)どの数値の時に「外遊び(プール、水活動を含む)をやめる」と判断するか、どの数値の時に「何分間、どこで、どのような外遊びをするか」を決める。もちろん、子どもの年齢、その日その時の子どもの状態も勘案すべきです。暑さ、熱中症については、こちらのページの内容をご覧ください。「考え方」の中に判断基準の例もあります。

9月12日加筆 「この暑さに子どもたちは慣れていく必要があるのでは」というお尋ねをいただいたので、書いておきます。「暑さ、熱中症」のこちら2項めに米国NASAが示している通り、2018年夏の暑さは人間が冷房なしで快適に生活できる範囲を超えています。寒さは着ればしのげますが、暑さはそれができず、深部体温が上がれば臓器に損傷をきたします。この暑さが続けば、深部体温が上がっても臓器に損傷をきたしにくい個体(遺伝子)が生き残っていく可能性はありますが…。

★大雨とそれに起因する事象の場合

 洪水、土砂崩れ、地滑り、鉄砲水、高潮等に関しては、地域のハザードマップを用います(例:国土交通省の「重ねるハザードマップ」、中央開発株式会社の「地盤情報ナビ」)。自園のエリアには、どのハザードがどの程度の深刻さで存在するのかという情報です。もうひとつ、ハザードマップとあわせるべき情報が、自治体の作る「避難準備/勧告/指示」の基準です。これもまた場所の条件によって異なりますから、ハザードマップとあわせて判断材料にします。

 ただし、ハザードマップには載っていなくても、歴史(伝承)的に水関連の災害が起きた記録が残っている地域もあるそうです。また、河川の増水等は、観測地点(国土交通省)と園の近くで値が異なる場合もあります。

 こうした情報をあわせ、1)自園では、どの段階で保護者にお迎えの連絡を始めるか、2)自園では、どの段階で次の日の休園を決めるか、3)自園ではどの段階で避難を始めるか(高齢者同様、「避難準備」の段階が適切だとは私は考えます)等の基準を明確に決めておきます。

 最後にも書きますが、次の日(数日以内)になんらかの事態が発生しそうだ、という時には、前日または前々日の時点で保護者に「明日は、お迎えのお願いをすることになる可能性が高いので」「明後日は台風の接近に伴い、休園となる可能性もあります。明日の夜の△時までには必ずお伝えします」といった前触れを出しておくことが大切です。前触れがあれば、人間は少なくとも精神的なかまえができ、対応も考えられます。ところが、前触れなく急に「警報が出ましたから、迎えに来てください」と言われたのでは、「しかたがない」とは思いつつも感情的になりかねません。または、急なことで対応がとれず、その結果、感情的にもなりかねません(感情的になると…という話は、こちら(かみつき、ひっかきを伝える)に書いてあります)。

★地震とそれに起因する事象の場合

 地震はまた特別です。上の2つの項目と異なり、地震自体、いつ、どこで、どの大きさで起こるかがわかりません。そして、地震に伴う津波、地滑り、倒壊等も予測が困難です。また、雨関連の事象では「もう雨雲はないから…」という終息の判断ができますが、地震の場合は、「これで終わり」という判断ができません。最初の大きな地震が「本震」と考えられがちですが、そうとは限らないのです。最初の大きな地震があくまでも前震で、その後により大きな地震が来る可能性もあるわけです。または、一連の地震を引き金に別の震源から大きな地震が発生する可能性もあります。

 たとえば、インドネシアのロンボク島周辺では、2018年7月29日のM6.4(前震)以降、M6.9(8月5日、本震)、M5.9(8月9日、余震)、M6.3(8月19日、余震)、M6.9(8月19日、別の震源)と大きな地震が続いています。カッコの中に前震、本震、余震と書きましたが(元はこちら参照)、それはあくまで結果論。このような規模の地震が起きている最中に、「後は余震だ」「大きい地震はもう起きない」と考えることはできませんし、安心することは危険です。

 ですから、大きな地震が起きた後は、(それがニュースで本震と呼ばれようと何と呼ばれようと)「まだ大きい揺れがあるかもしれない」という前提で最低数日間を過ごす必要があります(気象庁が言う通りです)。いつ、「後は余震で、どんどん少なくなるはず。だから、明日は開所しよう」と判断するか、これは難しい課題です。

 とはいえ、明確に決めておくべき判断点はあります。
・施設内にとどまるのか、避難所に行くのか。その判断基準。
・津波の影響を受ける地域の避難経路、避難方法。
・保護者等との連絡方法(特に、電話回線がつながらない、電池切れ等の対策)。
・散歩や園外保育で施設外にいる時の対応方法(前提は、経路を明確に決め、工事等の危険要因がない限り絶対に経路を変えないこと。そこから、どこに避難するか、ケガが起きた時にはどうするかなどの対応を考える)。

判断の基本:「2つのリスク」を天秤にかける

 すでに書いた通り、人間には「大丈夫なはず」と考える認知バイアスがあります。一方、園側には、「『警報が出たからお迎えに来て』『明日は休園(休務)します』と言ったら、保護者がいやな顔をすると思う」「保護者の便宜を考えたら、開所したい」「『休園します』と言ったら、自治体に怒られる」といった、目先の否定的なできごとを避けたいという感情もあるでしょう。

 でも、ここで2つのリスクを天秤にかけてください。

A. 開所して災害が発生し、子どもや職員(場合によっては保護者も)の命を失うリスク

B. 朝からであれ途中からであれ休園したが、雨は予想ほど降らず、大きな地震もなく、保護者から「開けていたらよかったのに」と言われ、自治体から「なぜ休園した」と言われるリスク

 あなたの園はどちらのリスクをとりますか? 当然のことですが、休園すれば建物等に損害は起きても人に損害は起きませんから、「大丈夫だったのに」という感情は起こるでしょう。でも、それは「休園したから大丈夫だっただけ」なのです。人間はこれを「休園しなくても大丈夫だったのかも」にすりかえてしまいがちですが…。そして、人間は発生確率が低く、「大丈夫」と思いやすいAのリスクよりも、目先にあるBのリスクを避けようとしがちです。Bのリスクが本当にあるかどうかは、実際、休園してみなければわかりません。でも、保護者の「苦情」や自治体の「叱責」は、園にとって他の日常的なできごとから容易に予測される目先の恐怖ですから、これが休園を決める足かせにもなりかねないわけです。

自治体:最終的には「休園(休務)は園の判断」

 熱波対応について言えば、暑さ指数が31度以上(「危険」)でない限り、自治体は具体的な指示は出さないでしょう。暑さ指数が観測地点で31度以上であっても、「園の判断」と言うのではないでしょうか。自治体にしてみれば、「熱中症による深刻な事態が起きたら園の責任だ」と言えるからです。また、これは屋外活動をするかどうかの判断であり、開所・休園という話ではないからです。

・実は「園の判断で」と書いてある?

 一方、気象事象(大雨等)に関してや地震に関しては、自治体は従来、「常に開所」と言ってきました。保育園やこども園の機能を考えれば、それが当然だということなのでしょう。園にしてみれば、自治体が「開所」と言っているのだから、開所すれば自治体が責任をとってくれると考えるのかもしれません。

 けれども、自治体が出す通達等をよく読んでください。そこにはたいてい小さい字で「子どもの安全を考えて臨機応変に」「最終的な判断は園で」といった言葉があります。この言葉ナシで、ただ「開所」と言っている文書があるなら、それは自治体の担当部署に「これは自治体の責任で『開所しなさい』と言っているのですね」とお尋ねになるべきです(そう聞けば、「いえ、最後は園の判断です」と答えるはずです)。そして、ここで「園の判断で」「臨機応変に」となれば、つまり開所するのか、休園(休務)するのかは、最終的には園の判断に任される(=なにかあったら園の責任)ということなのです。

・札幌市と京都市の例

 2018年9月6日未明に起きた北海道の大地震では、札幌市がこのように発表しています。

「本日9月6日、市立保育園はライフラインが停止しているため、飲食の提供ができないことが想定されます。できる限り登園を控えていただくよう協力をお願いしておりますが、やむを得ず保育が必要な場合はお預かりいたします。市立保育園以外の認可保育園と認可外保育園における本日のお預かりにつきましては、各園の判断となります。お手数ですが、各園にご確認をお願いいたします。」

 また、9月4日の台風21号の場合、京都市は3日午後の時点で、4日朝6時時点の警報の有無にかかわらず、保育園も休園をしたほうがよいという旨の通知を出しました。

・結果ではなく、自治体と園の表明が重要

 もちろん、保護者の仕事が災害対応関係であるなどの理由で保育を必要とする子どもはいますから、京都市の場合であれば、職員がまったく出勤しなかったわけではありません。開所した園もありますし、休園と伝えた園でも登園・保育となった子どもがいます(札幌も、ツイッターで見る限り同様です※)。ここで重要なのは、結果として表向き「開所」したのか「休園」したのか、保育をしたのかではなく、災害のリスクが高い時は自治体も「園の判断で休園」と表明すること、です。一方、自治体が「断固、開所」と言うのであれば、自治体の責任を明示すること。自治体が責任を明示しないのであれば、個々の園が自分たちの判断基準を明確に宣言し、自分たちは安全を優先させると表明することです(保育所が災害避難所になっている場合等は、また別の話です)。

・「保護者のためにとにかく開所」という園もある

 自治体が「休園すべき」「園の判断で休園してよい」と言うべき理由には、保育所に関わる状況の変化もあります。現状では、特に都市部を中心として、保護者の利益を最優先させ、リスクすら無視して開所するという園もあるからです。子どもや職員の安全を危険にさらし、当然、園としての社会的責任のリスクも負いかねない園がある以上、自治体も「開所」とばかり言うのではなく、せめて大きな字で「休園は園の判断」と書くべきです。

・大川小学校の事例から学ぶ

 まず自治体の方たちは、東日本大震災の大川小学校の事例、裁判からしっかり学ぶ必要があります。あの事象は、あの時点では確かに想定外だったのかもしれません。けれども、東日本大震災が起き、その後にさまざまな災害が起き、「想定外だった」で自治体が責任を逃れられる範囲はどんどん狭くなっています。災害を大きくしかねない「開所しなさい」というメッセージを園や地域に発信することは、自治体にとっても園にとっても社会的責任の大きなリスクになるという点を考えるべきです。

(※休園した場合、自治体には「なぜ休園?」という保護者の声が届くはずです。一方、「休園でよかった」という保護者の声は自治体に届きません。その時に役立つのが、下に書いた通り、ツイッターのような媒体に載っている声です。ツイッターの内容は、すでに社会現象の分析研究にも使われています。)

保護者に伝え、リスク・コミュニケーションを

 最初のほうに書いた「判断基準」を作ったら、「案」として保護者に伝えます。地域のハザードマップと避難レベルの情報もつけて、「こうしようと思います」と掲示し、意見を聞きます。ひとつには、地域の災害に対する住民(保護者)の意識を高めるためであり、もうひとつには、「園は取り組んでいる」という表明をすることであり、さらには、知恵を集めるためでもあります。

・収斂する意見が「正しい意見」ではない

 人間が数人で議論をしていると、たいていひとつの方向に収斂(れん)していきます。または、いくつかの意見に分かれていきます。でも、ひとつの方向に収斂したり、いくつかに分かれたりする理由は、必ずしもその意見が正しいから、正しくないから、ではありません。実は、その集団の中の人間関係や力関係が、意見の収斂や意見の分裂に寄与しているのです。ですから、園の職員という決まった集団(人間関係と力関係がかなり固定した集団)の中で話をした結果が、最も良い意見だとは限りません。災害対応という重大な話が、人間関係に影響された意見で決まってしまうのは避けたい。そうなると、外の意見、それも同じように命のリスクを抱える保護者に聞くことが大切なのです。意見の違いは価値ですから。

・「子どもの安全を最優先」の議論

 保護者の中には、保護者としての目先の利益を優先させようとする人たちもいるでしょう。でも、それは「今の議論はまず、子どもの安全を最優先させる目的です」と修正すればよいことです。「子どもの安全を最優先」という言葉をはっきりと口にし、耳にすることは、保育の現場ではそれが最も大事なことなのだという意識を、園側にも保護者側にも育てていくことにつながるでしょう。

・リスク・コミュニケーションの理想形

 実は、これがリスク・コミュニケーションの典型的、かつ理想的な形です。リスク・コミュニケーションと言うと、こちらのページのAやBに載っている内容を想像すると思いますが、本当は園と保護者、地域の人たちといった関係者の間の相互のやりとりで進めていくべきものです。特に、災害の場合は地域全体の大きなリスクになるわけですから、園だけで抱え込むことでもなければ、保護者だけで抱え込むことでもありません。一緒に対応を作っていく作業自体が、他のリスクに関しても相互の関係を良くしていくことにつながるでしょう。

・判断基準を作ったら

 そして、判断基準を保護者と一緒にかため終えたら明文化します。あくまでも「判断基準」ですから、こまごまと書く必要はありません。「私たちの園では、〇〇の時にAと判断する。△△の時にBと判断する(以下同)」という簡単なものです。そして、それを実際に使っていきます。

 すでに書いた通り、休園の連絡、お迎えの連絡は、それが起こるかもしれない日の前日、または前々日、できる限り早い時間に伝えることが肝要です。「明後日は台風の直撃が予想されています。明日の午後△時の時点で、明後日の予定をお伝えしますので、必ずメールをご覧ください」と書いておき、次の日(予想の前日)、すでに伝えた時間までに必ずメール等で当日の連絡をするわけです。

・例:京都市の保護者の声

 実際、9月3日の夜から4日、「京都市 保育園」でツイッターを検索してみたところ、「保育園が休みだから、明日は仕事も休み!」「家族で一緒にいられるから安心」といった内容が複数ありました。もちろん、「(休園だと)仕事に行けなくて困る」という内容はありましたが、全体的には、休園が前日の午後に決まったことに対して肯定的でした(検索にかかった全ツイートを見た結果)。一方、「保育園 台風」「保育園 休園」で検索して、他の地域はどうかを見たところ、「警報が出るなら、朝早く出てくれないと(=休園が決まらないと)どうするかが決まらなくて困る」「朝あずけて、暴風雨になってから迎えに行くのは大変/怖い」といった内容が多数ありました。「京都市がうらやましい」という保護者のツイートさえ見受けられました。

園の責任と、他者の責任を分ける

 子どもを一人でも預かっていたら、園はその子どもを守るために全力を尽くすでしょう。できる限り早く開所して子どもたちを預かり、地域全体の復旧を支援しようとするでしょう。けれども、災害直後、あるいは災害が目の前に迫っていて、まだ預かっていない時点、これから預かること自体に大きなリスクがあるとわかっている場合、「自分たちが頑張らなければ」と無理をすることに意味があるのか、考えてください。もちろん、災害対応の仕事をする人が多い地域ではまったく状況は違いますが、それはそもそも自治体も園もわかっているはず、です。

 そのような特別な事情がない地域において、ここまで書いてきた内容とその結果を示しても、「断固、開所しなさい。開所しなかったら…」(「園の判断」という文言ナシ)と言う自治体もあるかもしれません。その時、どうしても休園決定をできないと判断するのであれば、自治体が出してきた通知等をそのまま保護者に知らせ、「私たちはリスクが高いと考えますが、自治体はこのように言っておりますので開所します」と伝えましょう。園の責任範囲を超えた部分で、自分たちが園の運営をせざるをえないと保護者にも伝えるわけです。ここまでの間に、地域のハザードマップや園の判断基準を保護者と一緒に考えてきていれば、保護者は園と自治体のどちらの判断が、安全にとってより良いものかを判断できるでしょうし、その判断に沿って保護者は行動するでしょう。保護者と一緒に考えるプロセスが重要な理由は、ここにもあります。

 また、災害に関連して、施設内や屋外の避難経路等にある危険箇所を自治体の責任範囲であるにもかかわらず、自治体が補修・改善していないケースもあるようです。「明らかに危険な場所が避難の道沿いにあるのだが、園としてどう対応すればいいか」といった場合です。園としてはその危険を避けることができないのであれば、その点も保護者に伝え、「自治体に補修・改善をお願いしています」と言い続けてください。園にできないことを、「自治体はどうせ対応してくれないから」と自治体にも言わず、保護者にも伝えず、自分たちでなんとかしようと思ったら、万が一、それで重大な結果が出た場合、誰の責任になるでしょうか。

 これは、虐待やネグレクト(の疑い)の子どもが園にいる場合と同じです。災害であれ何であれ、園ができること、すべきことと、園にはできないこと、無理をしてまですべきではないこと、自治体や保護者等、他者の責任であることを線引きする、これに慣れていく必要があります。園は良くも悪くも「なんでも自分たちで頑張る!」と考える習慣を持っておいでなので。

 最後にもう一度。災害や気象事象において子どもの命を守る方法は、おとな(保育者、保護者)が適切な判断を下し、判断に沿った行動をすることだけです。災害や気象事象においては、「きっと大丈夫」という認知バイアスに依存することは危険であり、「もしかしたら最悪のことが起きるかもしれない」という意識的な想定をするべきです。そして、気候と気象が変化しつつある今、「今までは~だったから」ではなく、「これからはどうしようか」という思考を、保護者も地域も巻き込んで進めていくことが不可欠でしょう。


このページの一番上に戻る

ご感想やご質問などは、こちらにお寄せください