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4-1. 水遊び、プールの安全(2015年6月24日。2016年7月22日加筆)


(7月22日加筆)監視役は動かない子ども、沈んでいる子ども、普通と違う動きをしている子どもをみつける役目ですが、よほど水面にぷっかりと浮かんでいない限り、水の中や底で動かない子どもをみつけるのは、そもそも非常に困難です(こちらをお読みください。「水の安全」の4-3)。まわりの子どもたちは動き、波を立てますから。そして、保育者は動く子ども、よく動く子どもを見る習慣がついていますから、いっそう「動かない子ども」に目が向かないのでしょう。
 水の中の異常に気づくことが難しく、動いている子どもを見がちである以上、少なくとも「指さし声出し」をして、水の中にいる子どもが全員生きて動いていることを確認する以外にないのです。
指さし:「見るよ」と思っている方向、子どもに目を向けるため。指をささないと目は泳ぎます。
声出し:自分に向かって、「ほら、上の空にならないで。今は、○○ちゃんを見ているんだよ」と言うため。声を出さないと、脳はすぐ他のことを考えます。声を出していても、一瞬、他のことを考えることはしょっちゅうあるのですから。
 指さし声出しで確認をする時に子どもの数が多すぎたら、監視役がどんなに集中していても無理です。無理ではないかもしれませんが、全員の生存を確認するのに時間がかかりすぎるでしょう(特に、自由遊びをしている時間は)。神奈川県大和市の事例も京都市の事例も30人前後の子どもがプールの中に入っていました。このことを考慮に入れて、プールの回数が減ったとしても一度に入れる子どもの人数を減らすべきです。
 では、子どもが何人なら安全? 安全の世界、特に子どもの安全の世界に「~なら絶対安全」はなかなかありません。プールや水遊びの監視の場合、プールの配置等の要因、子どもの要因、そして職員の要因が関わります。監視役は誰でもいいから立たせておけばいい、ではないのです。指さし声出し確認をできない、しない職員、すぐさぼる職員、気が散って、つい他の作業を始めてしまう職員、あるいは監視役以外の職員が監視の意味を理解せずに、監視役にものを頼むようなコミュニケーション状況では、おとなが何人いても監視することは不可能です(おとなが多ければ多かったで、「誰かが見ているだろう」になります。だから、専任監視者の割り当てが必要です)。
 このページの一番下にあるゲームで、動物の数をいろいろ変えてみて、「見守れなさ」を疑似体験してみてください。水の中で亡くなった場合、溺れに至ったきっかけ(滑った? 乾性溺水? なにかの発作?等)は後で調べてもほぼわかりません。ということは、最終的な溺死を防ぐために、早くみつけて早く救急車を呼び、救急蘇生をする以外にないのです。そして、「早くみつけて早く対応する」ができなかった場合、園と保育士が責任を問われるということを理解してください。


(6月29日加筆)保護者に渡す手紙について、(特に公立や公設民営園から)「夏期は職員が休暇をとる時期とも重なる、とは書けない」というご意見をいただいています。当然の話ですが、「配置基準割れをする」と言っているわけではありません。監視という重責を負う立場に立つ人の夏休みもあるでしょうし、急に体調が悪くなることもあるからです。書けないということでしたら、書かなくてもいいとは思いますが、本来は「監視役はただ立っていればいいわけではない」「誰でもできるわけではない」「保育園や幼稚園では、その責任をわかって取り組んでいるのだから、保護者も理解して」ということも、あわせて明確に保護者に伝えていくべきでしょう。




背景と概要
1.プール活動が始まる前にすること:保護者に対する通知
2.プール活動が始まる前にすること:深刻事態が発生した時の体制
3.現場でどのように監視をするか
4.どうやって監視行動をする…? 人間は見守れない生き物
5.「うわの空になる自分」を体験する


背景と概要

 ここ数年、毎年のように保育園や幼稚園のプール活動で子どもが亡くなっています(2011年:神奈川県大和市、2012年:茨城県五霞町、2014年:京都市)。それまではプールや水の深刻事故に子どもが遭わなかったわけではありません。インターネットを通じて日本じゅうの事故の情報が瞬時に共有されるようになったため、深刻事故が目に見えるようになったことが大きな原因です。一方、保護者や社会全体の意識が高まり、深刻事故の原因や責任を追求(及)するようになったことも一因でしょう。

 水の事故は、「子どもが異常な状態にあることに気づく」ところから始まります。そして、異常に気づいた時は、死亡、または脳障害という深刻な結果が起こる一歩手前です。

 水の深刻事故は、どの子どもに、いつ、どのように起こるか、まったく予測できません。つまり、どこの園ででも起こりうる深刻事故です。「この子は泳げるから大丈夫」「この子はふざけないから大丈夫」はないのです。

 水の深刻事故は、「私たちの園でも起こる」という前提のもと、「子どもの異常に早く気づく具体的な体制と行動をとり」「異常に気づいたら、すぐに救急車を呼び、心肺蘇生を行う」必要があります。子どもの命を守るためだけ、ではありません。他人の子どもの命を預かる施設として社会的責任を果たすことは、保育士の心と仕事を守るために不可欠です。

 ここで言う「社会的責任」には、効果的で実行できる監視行動をする、救急車をすぐに呼ぶ、心肺蘇生をすぐにする、といったことが含まれます。



1.プール活動が始まる前にすること:保護者に対する通知

 2015年6月8日、厚生労働省雇用均等・児童家庭局保育課から「保育所及び認可外保育施設においてプール活動・水遊びを行う場合の事故の防止について」と題した文書が出ました。中には、以下の通りに書かれています。
〔引用始まり〕 (1) プール活動・水遊びを行う場合は、監視体制の空白が生じないように専ら監視を行う者とプール指導等を行う者を分けて配置し、また、その役割分担を明確にすること。〔引用終わり〕

NEW! また、2016年3月31日に内閣府から出た「安全ガイドライン」にも上と同じ内容が書かれ、さらに下のように書かれています(こちらの2ページ)
・監視者は監視に専念する。
・十分な監視体制の確保ができない場合については、プール活動の中止も選択肢とする。
・時間的余裕をもってプール活動を行う。等(一部略) NEW!

 冒頭に挙げた3件の深刻事故は、いずれも監視がいなかった、または監視役とされていたはずの職員が監視以外のことをしていた状況下で起こりました。「監視がいない」「監視が他のことをしていた」状況のもとで子どもが水死した場合、施設は明らかに社会的責任を問われます。では、ただ監視役を置いて、そこに立たせておけばいいのか。その点については、別項で論じます。

 まずは、プール活動が本格的に始まる前の時点で、「監視体制を十全にすること自体が難しいという事実」を保護者に伝えることです。都市部の保育園は特に、超人手不足です。そして、夏は職員の休暇の時期にも重なります。監視役という重責は、誰にでもできることではありません(別項で説明します)。けれども、保護者の中には、その事実を理解せず、「とにかくプールに入れて」「あそこの園は週に4回、プールに入れてくれるのに、どうしてここの園は週に2回?」「今日、プールをしなかったの? なぜ?」「泳げるようにして」と言ってくる方がいます。それを事前に防ぎ、保護者に「水のリスク」の理解をうながすリスク・コミュニケーションが非常に大切になります(リスク・コミュニケーションに関する詳細は、拙著『子どもの「命」の守り方』)。

 人間は、感情(不安、怒り、悲しみ、喜び)のモードになった時点で説明を聞かされても、理解することができません。ネガティブな感情を持っている場合は逆に、「言い訳された」「屁理屈を言われた」と感じ、感情の火に油を注ぎかねません。一方、冷静な時に説明を聞けば、「ああ、そうなんだ」と理解する確率が上がります(参考「かみつき、ひっかきを伝える」、「コミュニケーションに関するトピックス」のA-2)。

  つまり、「どうして?」「なんで?」と保護者が話してきた時点(=感情のモード)で、「ここ数年、プール事故が続いていますので、体制を見直しました」と言っても、理解は得づらいのです(プラス、人間は「振り上げた拳をおろす(怒りをおさめる)」のが非常に不得意です)。ですから、活動の前に説明しておきます。事前に説明しておいてももちろん、「どうしてプール活動が減ったの?」「なぜ、今日はプールに入れてくれなかったの?」と尋ねてくる保護者はいるでしょう。その時は、「先日お渡ししたお手紙の通りです。お子さんたちの命が一番大切ですから」「体制をゆるめてしまって、取り返しのつかないことにはしたくありませんから」とひたすら伝え続けることです。

ここに保護者向けの手紙のひな形を置いてあります(PDF)。どうぞお役立てください。ひな形はPDFです。ご自身の園の状況に合わせて、ワードで打ち直してください(「このサイトを参考にした」等と手紙に書く必要はありません。ひな形はコピー、改編していただくことを前提に作っていますので)。

 上のような手紙を渡しても、「なぜ、プールをしてくれないの?」「泳げるようにしてくれなかったら困る」と伝えてくる保護者はいます。その時は、「万が一のことがないよう、私たちとしてもできる限りの努力をしたいので」「水は、特にお子さんにとっては危険ですし、私たちはライフセーバーではありませんから」「お子さんの命のことですから」と繰り返し伝えてください。そこで突拍子のない説明をして信頼関係を壊さないために、この手紙を渡しているのですから、よけいな説明をする必要はありません。

 保育者の中には、保護者との関係が壊れるのではないかと恐れて、つい「わかりました」と言ってしまう人やお茶を濁してしまう人がいるようですが、ここでは許されません。全職員が同じ言い方で毅然と、でも柔らかい言い方で「これは子どもの命を守るための決まりですから」「お子さんの命が第一ですから」と伝え続けてください。職員によって言うことが違う、それ自体が保護者との関係を壊します。もちろん、なかには自治体に報告する保護者もいると思いますが、自治体が「保護者の言う通りにして、もっとプールに入れろ」と園に言うでしょうか? 言うとしたら、その自治体の安全意識が問題です。

 そもそも、保育園のプール活動がスイミング・スクールの真似をすること自体、誤りだと私(掛札)個人は思いますが、小学校の中にはそれを(暗に)要求する所も実際にあるようです(保護者にも近隣の保育園にも)。「ライフセーバーも、プロのスイミング・コーチもいませんが、私たちの園では、子どもたちが泳げるようになるまで取り組みます」という園があってもまったくかまわないと思います、保護者がそれを歓迎して、リスクを受け入れているのであれば(だから、価値とリスクを明らかにしたリスク・コミュニケーションが不可欠なのです。「コミュニケーションに関するトピックス」のAとB)。ただ、事前に「リスクはわかっている。それでも泳がせてください」と全員の保護者が言ったとしても、子どもが亡くなったり、脳に重い障害が残ったりした時に、保護者がその結果を受け入れるかどうかは、当然、別の話です。

 保護者に「ぜひ、プール活動、水遊びを見にきてください」と呼びかけることも大事でしょう。保育現場がどんなふうに、どんな活動をしているかを伝える。そのためには、見てもらうのが一番です。埼玉県内の保育園等が進めてきた保護者の「一日保育士体験」も効果があるようです(「一日保育士体験」で検索してみてください)。


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2.プール活動が始まる前にすること:深刻事態が発生した時の体制

 2015年6月8日の厚生労働省文書には、次のようにも書かれています。
〔引用始まり〕 (3) 保育士等に対して、心肺蘇生を始めとした応急手当等について教育の場を設ける。また、一刻を争う状況にも対処できるように119番通報を含め緊急事態への対応を整理し共有しておくとともに、緊急時にそれらの知識や技術を実践できるように日常において訓練を行うこと。〔引用終わり〕

 また、2016年3月31日の「安全ガイドライン」の事故後対応にも、同様の内容がさらに詳しく書かれています。

 119番が遅れることだけでも、十分、保育施設側の責任を問われます。とにかく、異常事態に気づいたら、「救急車!」と、(返事があるまで)大声で叫びます。「はい!」と返事をした人は、上司に確認しているヒマはありません。とにかく119番してください。そして、その場にいる職員は心肺蘇生を始め、応援を呼びます。

 厚生労働省の文書にある「緊急事態への対応を整理し共有し」は、マニュアルを作ってそれで良しとすることではありません。マニュアルは、「実際に効果のある方法」を「実際に現場で実行できる形で表現」するためのものです。できないこと、意味のないことを羅列しても、それはマニュアルではありません。そして、マニュアルにある内容は、「勝手に変更してはいけないルール」として実行することです。個人の判断で行動を勝手に変えてしまうのでは、ルールではありませんし、マニュアルでもありません。

 ぜひ、『保育現場の「深刻事故」対応ハンドブック』の巻頭にある「緊急時の役割分担表」を作り、さまざまな状況を想定した訓練を行ってください(「安全ガイドライン」の事故後対応の骨子は同書に沿っていますから、細かい手順は同書を使っていただくのがもっとも良いと思います)。

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3.現場でどのように監視をするか

(2015年の春、水遊びとプール活動を中心にした安全のお話をあちこちでさせていただいてきました。この項「3」は、その中で出てきたさまざまな質問をもとに構成されています。
 この項に私(掛札)が書いていることは、深刻事故予防の観点と健康心理学の観点から述べている私見に過ぎませんが、多少は現場のことを理解している者の意見として参考にしていただければ幸いです。)

●「監視役を立てられる職員数ではないのだが…」
 超人手不足のなか、配置基準ぎりぎりで運営をしている保育園がたくさんあることは、よくわかっています。けれども、「人数が足りないから、監視役を立てられない。だから立てない」は、もう通用しません。同じ人数の子どもが部屋の中で遊んでいるのと、水の中やまわりで遊んでいるのは、同じリスクではありません。水は、子どもを(おとなでも)簡単に殺す環境です。

 「できない」のなら、プール活動はやめる。水の中に入らない水遊びだけにする(プールよりはリスクが下がるものの、水をためておく以上、水遊びのリスクは水以外の活動より上がります。監視は必要です)。そして、それを保護者に明確に伝える。今の保育士の配置基準自体、深刻事故の予防や保育の質を考えたら決して十分ではないと私は考えます。水遊びやプール活動は、他の活動よりもずっとリスクが高いのですから、配置基準通りでは絶対に足りないでしょう。そのことを保護者も行政も理解すべきです。保育園はそもそも、プロの指導者やライフセーバーがいるスイミング・スクールの代替ではありません。なにより、的確な目的や構成を持った水遊びや泥遊びと、なんの目的も構成もないプール活動とを比べて、後者が良いという根拠はないと思います。なぜ、保育者が無理をしてまで、子どもたちを水の中に入れなければいけないのでしょうか。

 限られた人的条件の中で無理をすれば、保育士の心と仕事、そして、子どもの命に深刻な結果を残してしまいます。

●監視役は監視役!
 厚生労働省の通知のように、「監視者は分けて配置」しなければなりません。けれども、誰が監視しているのか、わかりにくいのも現実。とある保育園で出た案ですが、タスキを作っては? 園のTシャツなどでは同じ色の似たようなTシャツを着ていたらわかりにくい。腕章は見えにくい。帽子はみんながかぶっている。それなら、派手な色のタスキ!  蛍光のメッシュ・ベストにした園もあります。

 そして、「タスキの職員に、ものを頼んではいけない」「タスキの人が監視以外のことをしていたら『監視して!』と言う」「タスキの人がどうしてもその場を離れなくてはならない時は、絶対に他の職員にタスキを渡して職務を引き継いでから離れる」といったルールを。

 監視は園長や主任がする、という園も多いようですが、「電話や来客で監視から離れることがある」とも聞きます。「今、席をはずしておりますので後ほど」と事務室の留守番職員が答える、ではいけませんか? 監視が欠けるリスクと、電話や来客を数時間逃すリスク、どちらが大きいでしょう?

●監視役は水の中に入らない
 指導する職員と監視する職員(合計2人)が水の中に入っては?という話もありますが、監視役はプールの外にいるべきです。なぜなら、プールの中にいたら子どもも声をかけてきますし、つい子どもと関わってしまうからです。

●プールの外にいる子どもの監視は?
 「今日は水の中に入らないけど、プールのまわりで遊ぶ」という子どもがいる場合や、幼児を「プールの中」と「プールの外で水遊び」の2グループに分ける場合、プールの外にいる子どもを誰が監視するのか。これはプールの配置などに依存しますが、非常に難しい問題です。プールの外で水遊びをしている子どもたちにとって、監視役の保育士は「先生!」「遊ぼう!」と働きかける相手になります(子どもは、タスキなんて気にしませんから)。その子どもたちの相手をしていたら? 監視が欠けた状態になります。

 それ以上に、プールの中に入っていて「監視しづらい状態」にある子どもたちと、プールの外で走り回っている子どもたちの両方をそもそも同時に一人で監視できるのか。私は無理だと考えますが…。そうなると、監視、指導の他に、もう一人、保育士を配置するべきでしょう(合計3人)。そして、トイレに行く子どもの世話をしたり、次のクラスに連絡をしに行ったりする雑用係も必要…。

 プールに入らない子どもは、他のクラスと合同保育(室内)にする。あるいは、プールに入らない幼児を、乳児の水遊びに「お手伝い」という形で加わらせるという園もありました(乳幼児が同じ時間帯に活動をする場合)。

●乳児にも監視は必要
 水の中で動き回る幼児のほうが、圧倒的に監視は難しくなります。では、乳児には監視が要らないということになるのでしょうか? いえ、必要です。

 乳児の場合、子どもあたりの保育者の数は多くなります。そうすると、人間は「誰かが見守っていてくれるだろう」という錯覚に陥ります。私が水遊びの現場を見ていても、このような状況は起こります。保育者が何人もいるなか、誰も見ていない子どもが実際にいるのです。

 ですから、乳児でも一人、タスキを付けた監視者は必要です。

●プール活動の内容も重要
 20分間ずっと、水の中で自由遊び。これでは監視は非常に難しくなります。 一方、「これからワニ歩きをするよ。みんな、両脇にお背中ぺったんして待ってて」とすれば、指導する保育士は、真ん中でワニ歩きをする子どもたちを見守ることができます。一方、指導する保育士にはお背中ぺったんの子どもたちはほぼ見えなくなります。その時は、監視役が確実に監視をして、プールの両脇、水の中に座っている(立っている)子どもたちが突然、水中にすべりこんだりしないかを見る必要があります。

 プール活動の構成をしっかり決めることで、監視がしやすくなることは間違いありません。活動の質も上がるでしょう。

●注意しておくべき子どもを中心に見ていればよい?
 特定の子どもが水死するわけではありません。泳げるか泳げないかも関係ありません。水死がどんなきっかけと過程で起き、その子がどうやって亡くなったのかは、死亡後にいくら検討してもほぼわかりません(*)。ですから、「この子たちは危ない」「この子たちは大丈夫」は、ありえないのです。特定の子どもだけを監視していたら、他の子の監視が欠けることにつながります。

* 京都市の全市立小学校のようにプールにビデオカメラを設置しておけば、わかるかもしれません。でも、公共プールなどの監視カメラで時々映っている(「水の安全」の4-2)ように、子どもは(おとなも)すーっと沈んでいくのが一般的ですから、そのまま亡くなってしまったら、過程はまったくわかりません。蘇生すれば、本人が「起こったこと」を説明するかもしれませんし、心臓などの異常がみつかるかもしれませんが…。 たとえば、2015年春にどなたかが教えてくださった事例で、「沈んでいる子どもを蘇生でき、病院で調べたら、わかっていなかったてんかんがみつかった」というものがあります。亡くなっていたら「原因不明」で終わってしまっていた例です。てんかんであれ、先天性の心臓疾患であれ、ワニ歩きをしている時に水の塊を飲み込んで乾性溺水を起こしたのであれ、亡くなってしまったら経緯はわかりません(最後は溺死でしょうけれど)。つまり、睡眠中の突然死同様、「誰にでも、いつでも起こりうる」のです。

●「水深が浅ければ大丈夫」「ビニール・プールなら大丈夫」ではない
 数センチの水でも、子どもは亡くなります。ビニール・プールやたらいに入った水をすくおうとして、あるいはおもちゃを取ろうとして頭や顔から水に落ちることは、ひんぱんに起きます(家庭の浴槽で起こる水死と同様)。ですから、「浅ければ大丈夫」「ビニール・プールだから大丈夫」はありません。

 一方、スイミングに行っている幼児などの場合、スイミングと同じように水の中で「飛び込み」の真似をし始めることもあります。浅い水深でこれをしたら、頭を打ったり頸椎を損傷したりしかねません。そういった場合、浅い水深はかえって危険になります。

●水の入ったプールやたらいを放置しない
 クラスの入れ替えなどの時に、水の入ったプールやたらいがおとなに見守られない状態になることがあります。これは非常に危険です。次のクラスの子どもたちや、前のクラスの子どもが水で遊び始めてしまったら、深刻事故のリスクは上がります。

 監視役の仕事は、「水の入ったプールさんやたらいさんを一人ぼっちにさせない」ことでもあります。

●水の中は見えにくい
 次の「4」で書く監視自体の話につながっていくことですが、そもそも「水の中」は、非常に見えにくいものです。水面の光の乱反射、子どもたちが動くことによる波、そして、光が水の中に入る時の入射角、こうした要素が重なるためです。

 そして、さまざまな実験から明らかになっていることですが、人間は「起こると思っていないこと」については「視れども見えず」です。「子どもが水の中で異常な状態になっている」と思っていないため、目の前で起きていても見えないのです。プロのライフガードでも、沈んでいるマネキンを見つけることは容易ではありません。(「水の安全」の4-3)

 ですから監視役は、1)水の中は見えにくいものだ、2)私の仕事は、水面または水面下で動かない、または異常な動きをしている子どもを探すことだ、3)水の事故はどこででも起こるのだから、うちでも起こるはず、と自分に言い聞かせながら監視をする必要があります。 なによりも、「見えにくいけど、水面下を見よう」とすることです。監視役の仕事は、水の中で楽しく遊んでいる子どもたち(=水面の上に出ている)を見ることではありません。水中(特に水面下)で動かない子ども、ちょっとでも異常な状態にある子どもを見つけることです。

 光の反射は太陽が動けば変わりますし、子どもたちの活動に応じて、見やすさ、見づらさも変わります。見やすい位置を見つけながら、そして、見えにくい場所を意図的に確認しながら、監視役は動くべきです。遊んでいる(=生きている)子どもとは関わらずに。

●個人の問題
 職員の人数がそろっていても、監視役の保育士が「今日は体調が悪い」という時には、監視役からはずすべきです。人間はただでさえ、注意を向け続けることのできない生き物です(次の項「4」)。体調が悪かったりすれば、なおさらです。

 監視役は結局のところ、深刻事故が起きた時にもっとも重要な責任を負う存在です。「私、今日は監視をできません」という一言が、その人自身の心と仕事を守るためにも、子どもの命を守るためにもとても大切です。

●「中止する決断」は必要な英断
 人間は、計画を中止することに非常な躊躇を感じます。「予定したんだから」と無理をしていいことと、無理をしてはいけないことがあります。水遊びやプール活動は、無理をしてはいけないことの側に属します。

 「今日はダメだね」と思ったらやめる。「中止する決断」は、とても大切な英断です。これを容易にするために、活動を始める前に保護者向けのお知らせを出しておくのです。

●見守れない数を入れない
 同じ人数でも、25メートルのプールなのか、保育園の小さいプールなのか、ではまったく条件が変わります。人口密度が高まれば、当然、監視は難しくなり、異常事態に気づくのは遅れます。ですから、自園のプールの条件、各クラスの保育者の条件、そして、各クラスの子どもの条件を考えて、見守れない数を入れないようにしてください。 そして、「見守れなさ」については、下のゲームをぜひ体験してみてください。

●では、どう監視するか
 ただぼんやり立っていただけでは、数秒のうちにうわの空になります。暑いのですから、なおさらです。そして、ただぼんやり立っていたら、他の職員から何か別のことを頼まれます。

 人間は、注意を向け続けることのできない生き物です。では、最低限、どうすればいいのか。次の項「4」ではその解説をします。「見守れない体験ゲーム」も掲載します。

●「焦る状況」を絶対につくらない

 プールの前後に他の特別活動を入れると、必ず、焦りが起こります。「このくらいの時間があれば、準備をできるよね」と人間が事前に推定する時間は、たいてい過小評価(=実際にかかる時間よりも短い)だからですし、子どもの行動は予定通りにはいかないからです。他の活動なら、焦っても深刻な事故には至らないかもしれませんが、水に関する限り、焦りを生じさせるようなスケジュールは厳禁です。

●マニュアルを作ったことで、安心しない
 2の最後にも書きましたが、マニュアルはあくまでも「ルールを書いた紙」にすぎません。ルールは必ず守られ、行動習慣となって初めて意味があります。ところが、「マニュアルを作った!」で、安心しがちなのが人間です。そして、その安心が油断につながります。「少しでも効果のある」「現場で実際にできる」ルールを作って、マニュアルにしてください。作ったマニュアルを保護者に公開して意見を聞くのも一策です。

 ちなみに、マニュアルの中では「できるだけ」や「なるべく」といった、個人によって解釈の異なる言葉を使ってはいけません。マニュアルはルール集ですから、「必ず」「絶対」です。解釈の揺らぎや例外は作らないのが原則(電化製品の取扱説明書~マニュアル~には、「できるだけ」や「なるべく」はありません)。

(ちなみに、マニュアル=ルール集ですから、「保育マニュアル」はありえないことになります。保育の場合は、その場その場の臨機応変さのほうが重要になりますので、そういう場合はマニュアルではなく、「ガイドライン」となります。)

●緊急時の動き方を必ず決めておく
 「あ、Aちゃんが沈んでる!」、急いで救急車を呼び、心肺蘇生をし始めるのはもちろん必須ですが、他の子どもたちは…? Aちゃんに職員全員の意識が集中していると、他の子どもがいつの間にか水の中で…ということにもなりかねません。『保育現場の「深刻事故」対応ハンドブック』の巻頭にある「緊急時の役割分担表」は、深刻事故全体を想定したものです。水遊び、プール活動中はこれに加えて、救急対応中に他の子どもたちをどう安全に移動させるか、そのための役割分担も決めて訓練をしておきましょう。

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4.どうやって監視行動をする…? 人間は見守れない生き物

 人間は注意を対象に向け続けることができない生き物です。目の前にある物や人であっても注意を向け続けることができない。頭の中で考えていることにも、注意を向け続けることができない、気をとられていると目の前のことも見えない(「安全全般」の1-5)。そして、人間は「つい」「うっかり」「うわの空になり」、ミスをする生き物です。「私はミスをしたことがない」という人がいたら、それはミスをしたことに気づかないだけ、「あなた、ミスをしましたよ」とまわりから言ってもらえていないだけ(=裸の王様)(「コミュニケーション」のC-5)、です。

 Attention(注意*)は、心理学が心理学として欧米で形作られた時期(19世紀後半)から研究されてきた分野です。現在は、脳科学も加わり、さまざまな研究が進められています。注意は、安全だけでなく人間の作業効率にも関わりますから、実験心理学だけでなく、実用(応用)面での研究も進んでいます。安全に関して応用研究(applied research)が多いのは、特に車の運転や飛行機の操縦の文脈です。
* 「注意力」と言うと、そのような「力」があるかのような錯覚が強化されてしまうので、ここでは「注意」とします。注意は力や能力ではなく、脳の働きです。

 さて、プールの監視です。

 プールや水遊びをする日は、当然のことですが、暑い! 「掛札さん、このクラスの監視はあなただからね」「はい」…。監視し始めて10秒もしないうちに、私の頭の中は「暑い」という言葉で埋め尽くされるでしょう。立派なうわの空です。この状態では、まったく監視になりません。ただ、ぼんやり立っているだけです。監視の重責が果たせず、深刻事故が起これば、私の心と仕事は大きな影響を受けます。

 では、どうするか。人間は注意を対象に向け続けることはできませんが、「(短い間隔で)注意を向け変え続けること」は、(的確な行動をすれば)できる確率が上がります。ひとつの対象であれ、違う対象であれ、です。そのひとつの方法が、「声出し指さし」。「誰々ちゃん、いるね」「誰々ちゃん、いるね」…、水の中やまわりにいる子どもの一人ひとりを指さしながら(*)、自分自身に向かって声を出します。こどもに向かって声をかけるのではありません、自分に向かって声をかけるのです。
* 子どもの頃から、「人に指を向けてはいけません」と言われて育ってきましたから、私(掛札)自身、指さしはとても抵抗がありますが、子どもの命にはかえられません。

 腕を動かして、指をさせば、そちらの方向を見る確率は上がります。自分に向かって声を出せば、その瞬間はその子に注意を向けている自分を意識できる確率が上がります。「確率が上がる」としか言えないのは、声出し指さしをしていても、人間の脳はうわの空になる(=他のことを考える、他のものごとに気をとられる)からです。たとえば、朝、「ガスの元栓、閉めた」「ドアの鍵、閉めた」と声出し指さしで確認しても、「あれ? 私、本当に閉めたっけ?」と思うことがあるはずです。鍵を閉めている自分をしっかり見ようとして、「閉めた」という声を意識しようとしても、一瞬、うわの空になってしまう時はあるのです、必ず。

 声出し指さしは、監視方法そのものではありません。これをすれば、異常事態に必ず、すぐに気づけるわけでもありません。小さいプールに子どもがごちゃごちゃと入っている以上、効果的な監視はそもそも非常に難しいと思っておいてください。保育者はライフセーバーでもないのです。それでも、監視役をする以上、少しでも自分がうわの空にならないようにする最低限の方法が声出し指さしです。

 そして、タスキをして声出し指さしをしていれば、まわりは「あ、先生は監視をしている。別のことを頼んじゃいけないんだ」とわかります。ぼんやり立っていたら、まわりはものを頼みたくなります。ぼんやり立っていたら、監視役本人も別のことに気をとられてしまい、他のことをし始めます。「監視役が監視に専念すること」が、保育施設の社会的責任だという点を忘れないでください。

 「誰々ちゃん、いるね」「誰々ちゃん、どこかな…、あ、いたいた」。特に幼児の場合、水の中で動き回っているところを人数確認だけで把握しようとするのはかなり困難です(水の中に入る子どもの数にもよるでしょう)。ならば、一人ひとりを識別する声出し指さしを…、なのですが、そうすると「担任が監視をしなければいけないのか」という議論になります。年長児を一人担任で見ている場合、担任が監視をしていたら、誰が水の中で指導をするのか。超人手不足で配置基準ぎりぎり、その状態で、そもそも危険なプール活動もしなければいけないこと自体、基準を設定しているシステムが間違っているのですが、それを今、言ってもしかたがないこともよくわかっています。

 水の危険と社会的責任の大きさを考えれば、担任、園長や主任、または以前の担任(顔と名前が一致している可能性が高い)が監視役を担うべきだと私(掛札)は考えます。そのためには、水に入っていない他のクラスや水に入らない子どもたちを合同保育にするのもひとつ、でしょう。「水に入れる子どもを増やす」ことは、絶対にやめてください。子どもが増えたら、たとえ顔と名前が一致している職員が監視をしていても一人ひとりの識別はきわめて困難になります。そして、監視体制がとれないなら、プールを中止する、プールの回数を減らすこと、です。

 2015年の夏、担任でなくても指さし声出し確認で一人ひとりをチェックできる方法を編み出した民間園が、横浜市にあります(ナーサリーつづき、都筑区)。
1)クラスの人数分の帽子を用意し、一つひとつの帽子に油性マジックで大きく「1」から番号を書く(下写真)。


2)その時、プールへ入る子の人数に合わせて、1から人数分の帽子を用意、かぶせる(誰がどの番号をかぶってもよい)。12人入るなら、1~12まで帽子を使う。
3)監視役は、帽子の番号を順番に指さし声出し確認で追っていく。「1番いるね」「2番、いるね」「3番も…、いるね」…。この園では、番号を飛ばさないようチェック表もつくり、「1番いるね」、チェック、「2番いるね」、チェック…と記入していました。

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5.「うわの空になる自分」を体験する

 このゲームは、スマートフォンではできません。ここから先は、パソコンでご覧ください。

 これは注意の研究分野のひとつ、「視れども見えず」(inattentional blindness)のさまざまな実験や理論をもとに作ったゲームです。

 このゲームの目的は、

 ゲームを繰り返して、「注意ができるようになること」ではありません。

うわの空になっている自分」「気づかない自分」に気づくこと、です。

 長年にわたって行われてきた一連の実験から、「視れども見えず」は、誰にでも起こることがわかっています。性別、性格、職業などとは一切、関係がないことも実験から明らかになっています。最初にゲームをした時は、すぐにわかって「やった!」と思うかもしれませんが、次はまったく気づかないかもしれません。このゲームをすることで「私はできる」感を育てたいのなら、最初からしないでください。このゲームの目的はあくまでも、「あ、一瞬、他のことを考えてた!」「おっと、わからなかった!」という自分自身に気づくことです。「うわの空になる自分」「気づけない自分」を意識できることが、安全行動の第一歩なのです。

 ゲームは、下のリンクをクリックすると、別ウインドウで開きます。ゲーム自体のリンクをブログやウェブサイト、Facebook、Twitterなどに貼ることは絶対におやめください(このゲームは著作権フリーではありません)。リンクを貼る時は、必ずこのページのリンクを貼ってください。

 ゲームの画面を開く(パソコンを使ってください。別のウインドウで開きます
 (ゲームを作ってくださったのは、sssfactoryさんです。)

内容と使い方

1)このゲームでは、動き回る動物たちを見守ります。「担任ではない保育者(=顔と名前が一致していない)が、複数の子どもを見守っている状況」をもとにして考えました(このゲームと現実がどれくらい違うか、という議論はやめてください。心理学の実験は、それを議論するためにあるのではありませんから…)。

2)途中で消える動物、および/または、途中でまったく動かなくなる動物がいます。最初の画面の右上ボタンで、消える動物の数(ゼロから2)、まったく動かなくなる動物の有無を設定できます。

3)動物の数、動き回る速度も、最初の画面の右上ボタンで設定してください。

4)2と3の後、「設定」ボタンを押すと、登場する動物たちが整列します。動物を覚えようとしてみてください。

5)「開始」ボタンを押すと、動物たちが動き始めます。消えたり、完全に止まったりは、最初の数分間は起こりませんが、いつ起こるかはわかりませんのでしっかり見守っていてください。しばらく止まってまた動き出す動物もいます。動物、動き、消えるタイミング、止まるタイミングは乱数でプログラムされていますので、毎回違います。

6)「消えた」「完全に止まった、動かない」と思ったら、「止まった」「消えた」ボタンをクリックしてください。

7)最低10分間は見守っていてください。その間に、「あ、うわの空になったぞ、自分」「あ、今、別のことを考えていて、見ていなかった!」と気づく、「長いなあ」「まだかなあ」「わかんないなあ」…と頭の中で考えている自分に気づいてください(ここが大事です!)

8)「終了」ボタンを押すと、あなたが「止まった」「消えた」ボタンを押した時間と、実際に止まった時間、消えた時間が表示されます。途中で消えた動物が再表示されて、点滅します。

9)もう一度、最初から始めるには、コンピュータの「F5」ボタンを押します。

※ 動作しない場合は、使っているブラウザのjavascript設定が「有効」になっていることを確認してください。

 このゲームでは、「消えるぞ、消えるぞ」「止まるぞ」と思って見ていますから、少なめの数であれば、かなり早く気づくことができるかもしれません。けれども、プール活動中はもともと、「見えなくなっているぞ」「動かなくなっているぞ」と思って見ていませんから、「視れども見えず」はより起きやすくなります(3項を参照)。プールでも、「見えなくなっている子がいるはずだ」「動かない子どもはどこだ」と監視することがきわめて重要です。そして、なにより水の中は、このゲームよりもずっと見づらいのです。

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