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1-11. 色覚多様性とは? 園の対応で大切なことは?

(2020年5月22日、執筆・渡辺〔クリス〕祐子。3月29日にFacebookページで配信した動画をもとに文章化したものです。)

 「赤ならよく見えるはず」「蛍光色をつければ目立つはず」…、安全の世界でも言われてきたことですが、実は…。


「色覚異常」「色覚障害」ではなく「色覚多様性」

 「色覚の多様性」、ちょっと聞きなれない言葉ですよね。少し前までは、「色覚異常」と言われていました。いえ、今でも多くは「色覚異常」「色覚障害」という言葉を使っています(日本眼科医会でも)。でも、「普通」の人と色の見え方が違うって、「異常」でしょうか?「障害」でしょうか?

 実は色の見え方、感じ方は、ちょっとずついろいろな理由で違っています。そして、その中で大多数を占める色の感じ方をする人を「正常(普通)」、そうでない人を「異常」とか「障害」と分けているのです。ただ分けているだけならよいのですが、「異常」や「障害」という言葉は強い言葉で差別を生みますから、あまり好ましい言葉ではありませんね。

 そこで、2017年9月から日本遺伝子学会は、「色覚多様性」という呼び方を提唱しています。(「臨床色覚「異常」ではなく「多様性」である」【時流◆遺伝学用語改訂】、今はログインが必要になってしまっています)。遺伝的には、「異常」ではなく、「多様性の一つ」と考えましょう、ということです。(眼科医の中には、「色覚異常」という言葉を使用する先生も多いです。これは、医学の中のお話ということで受けとめましょう。でも、皆さんが「異常」や「障害」という言葉を使う必要はありません。)

 さて、私、渡辺祐子は、先天性のP型弱度(1型色覚弱度)、簡単に昔風に言うと、赤緑色弱(赤緑色盲の弱度)です。「赤緑色弱」と聞くときっと皆さんは、「赤と緑の区別がつかない人」と思うかもしれませんが、そうではありません。赤と緑の区別はつきます。もっとたくさんの色も判別がつきます。ただ、判別がつきにくいことがあり、逆にいわゆる「正常」と言われる方よりもはっきり判別できることもあるのです。

初めて「色弱」とわかった時

 私が初めて色弱…、いちいち「P型弱度」と言うのは面倒なので、ここではあえて「色弱」という昔の言葉を使用します。私自身は、色盲でも色弱でもいいと思っています。「かわいそうな障害」だとは思っていない、単なるマイノリティだと思っているので。でもこれは、当事者だから言えること。一般に、特に保護者にはこの言葉を使わないように気をつけてください。これについては後述します。

 さて、話を戻しましょう。私が初めて色弱と言われたのは、18歳の時でした。健康診断書を書いてもらうため、近くのクリニックで色覚検査を受けた時です。若い先生はご存じないかもしれませんが、当時の(たぶん今も)一般的な色覚検査は「石原式」と言って、点描で数字が描かれた絵本のページを見せられて、そこに描かれている数字を言い当てる、というものでした。

 この検査、色弱ではない人には何でもない検査らしいのですが、私はいつもこの本を見せられると、ヒヤヒヤ・ドキドキしていました。だって、良く読めないのですから。それでも、18歳になるまでは何とか正しい数字を当てていたようです。でもとうとうこの日、クリニックの先生が私の不審な言動から、これまで見たことのないページを開いて、「これは?」と聞いてきました。私はこの点描の本の中で、初めて自信を持って答えられる数字を見たのです。「35!」、自信を持って答えた私に対して、先生の顔が困ったように歪んだのをよく覚えています。「そう、読めちゃうんだよね、これ。これはね、普通の人には読めないんだよ。これが読めるということは間違いなく、君は色弱か色盲だね」。そして、私は「色覚に異常あり」と書かれた診断書を渡され、帰宅しました。この時の私は、おとなにだまされたという気分と、自分が先天性の異常(この時は、もう遺伝子が原因だと知っていたので)を持っているという大きなショックと、自分は普通じゃないんだという残念な気持ちと、色に対するよく分からない不安感の理由が分かったというほんの少しの安心感を抱いていました。

 家に帰って、母にそのことを告げた時、私以上に母がショックを受けたのは予想外でした。「私、色弱だって」と言った私に母は、「それは、絶対に人に話してはダメ!」と強く言いました。本当に、びっくりするくらい強い口調でした。母にすると、娘は大丈夫だと思っていたのに、突然の障害者(母にはそう思えたのでしょう)発言だったので、相当ショックを受けたことでしょう。後日、外で話したと言った時もずいぶんと叱責され、「遺伝子に問題があると思われるじゃないの」と言われ、私は心の中で「でも、それってママのせいよね!」と憤慨していた(今から思うとひどい娘ですが、自分が出来損ないと言われているようで傷ついたのも事実)のを覚えています。

実はけっこういる色覚多様性者

 さて、この色弱ですが、日本人の場合、男性は5%、女性は0.2%存在しています。つまり、男性は20人に1人、女性は500人に1人いることになります。20人に1人ですから、単純に考えれば園に1人や2人はいるわけです。

 でも、これをお読みの方の大半はこう思っていませんか?「そうは言っても、私の周りにはマイノリティな色覚(色弱・色盲)の人はいないけど」「今までの人生で一人もそんな人に会ったことないのですが、本当にそんなにいるの?」。この疑問は、「色覚あるある」のうちの一つです。たいがいの方は、自分の周りには自分と違う色覚の人はいないと思っています。しかし、それは大間違いです。先ほども述べたように、男性は20人に1人はいるのです。皆さん、まず間違いなく今までの人生でお会いになっています。それなのに、なぜ「自分は会ったことがない」と言う方がこんなに多いのでしょう。

 それは、色の判別を苦手としている人が、あえて自分から言うことはないからです。私のように声を大にして言う人間は、ほぼおりません。だいたいの方は自分からは言わず、黙っています。「私、色弱なんです。色、苦手で。」と私が言うと、「僕もです」「私も、分からないの」と打ち明けてくれます。でも、誰からも問われもしないのに、自分から言う人はいません。だいたいは過去に嫌な思いをしているので。ですから、「色弱」という人は「そんなにいないよね」という誤解が生まれているのです。先ほどからお話ししている通り、実際は世の中にはたくさんいることをお分かりいただけましたね。

私たちが苦手なこと、嫌なこと

 さて、皆さんが思ったよりも多い、色弱・色盲の人間が苦手なこと、嫌なことって、何でしょう。

●色はすべて「私なりに」見えている

 ここで、「色弱あるある」をいくつかご紹介しましょう。私たちが一番よく言われることですが、「えー、色弱なの? じゃあさ、信号ってどう見えるの?」。

 この質問、あるある過ぎて反応すらできません。また来たな、としか思えない位の質問なんです。この質問に対する私の答えは、「いや、私なりに3色に見えていますけれど」です。そしてそれは私にとっての、赤と青(緑の時もありますね)と黄色です。それ以上でも、それ以下でもありません。

 もう一つのあるあるですが、「え~、色弱なの? じゃあさ~、赤って何色に見えるの?」。もうね、ここまで来ると、笑うしかありません。はっきり言って、赤は赤です。というか、このように見えているのが「赤」と言われているので、それが赤なのです。そして、「赤」と言われている色を、他の色と区別できない人もいます。その場合は、「赤と言われているものと茶色と言われているものは同じに見える」だけであって、それが、皆さんのおっしゃるところの何色かはわかりません。

●色を選ぶのが苦手

 色覚多様性のそれぞれのタイプによって、見える色や判別できる色相は違いますが、だいたいにおいて苦手なのは、パレットのように同じ系列の色がたくさんならんだ中から絵の中にある色と同じ色を選ぶこと。これは本当に大変です。

 たとえば、パソコンで文字の色を変えたい時、この文字の色と、選択画面の文字の色が同じかどうかを、その色自体の比較で探すことができないのです。私の場合は、隣にその色を持ってくればその差で分かりますが、離れたままでは無理です。ですから、その色がパレットのどこにあるかを場所で覚えたり、色情報で覚えたりするので、直感的な比較はできません。

 もう一つ、たとえを出しましょう。昔は24色鉛筆とか、48色鉛筆などというものがありました(今もあるのかな?)。その中のみどり系の色の一つで色を塗っていたところに、後からもう一度同じ色を塗ろうとする時に、たくさんあるみどり系の色のどれだったのかが分からなくなります。その場合も、色の名前を書き留めておくなどするのです。

●見えている色の種類が逆に多いこともある

 一方、私たちは、色の明暗に対しては皆さんよりも繊細であることが多いのです。皆さんが同じ色と認識するところでも、わずかな明暗の違いで別の色と認識することもよくあります。ですので、作成者が「3種類」と思って作成した色相画像でも「4種類」と思ってしまうことがあります。

●色と色の名前を一致させるのが苦手

 色弱者は、見えている色と色の名前を一致させることがとても苦手です。それは、皆さんの感じる色の変化と我々の感じる色の変化が違うので、私たちからすると同じ色なのに、場合によって名前が変わったり、逆に、別の色に見えるのに(明暗の違いや青みの強さの違いなどで)同じ色だと言われたりと、混乱することばかりだからです。

 物の色も大変ですが、光の色はもっと大変です。光源の色を見極めるのは物の色を見極めるよりも大変なことなのですよ。私は子どもの頃、赤い星と言われるものを見たくて見たくて、お小遣いを貯めてようやく天体望遠鏡を買った時のことをよく思い出します。せっかく買った天体望遠鏡で、赤い星(さそり座のアンタレスという星ですが)をワクワクして見たのですが、周りが「赤だ、赤だ」と騒いでいる時に私には赤く見えなかったので、とても悲しく残念になり、それ以来、大好きだった星座のこと全般が嫌いになりました。周りの人に見えているものが、自分には分からないってことはこれほど傷つくものなのです。

●「どんな色に見える?」は残酷な質問

 また、色弱・色盲の人間はおとなになるに従って経験から学んでいるので、外から見ても分からないことが多いです。しかし、実際は色に対してはいつも不安なので、一生懸命見たり、これはもしかしたら違うように見えるのではないかなどと考えたりしながら生活しています。

 こんな我々に対して、先ほどのような質問というのは、実はとても意地悪で心無い質問です。問うている人にそんな気がまったくないのは分かるのですが、「あなたは見えないんだよね!」とダメ押しされているように感じる、そんな問いかけなのです。1型色覚強度の医師である岡部正隆先生(先生ご自身は「色弱」ではなく、「色盲」という言葉を好んでお使いになります)は、「このような質問は、足の不自由な人に『ねぇねぇ,ここまでジャンプできる?』と尋ねるのと同じ」とおっしゃっていますが、まったくその通りだと思います。「信号はどう見える?」の質問は、足の不自由な人に『ねぇねぇ、どうやってここまでジャンプするの?』くらいの質問だと分かってください、その質問は派生していじめを生む原因にもなるのです。皆さんはくれぐれもこのような質問はしないように心がけてください。

「赤い色で書いてあるでしょ!」は無理

 とはいっても、それでは色弱・色盲に対してどう接したらよいかわかりませんよね。この後、お話ししたいと思います。また、私は色弱のことを皆さんに分かっていただきたいと思っていますので、私に対しての質問は大歓迎です。失礼でも何でもありませんので、何でも聞いてください。

 困ることは、まだあります。「赤い色で『やっちゃだめ』ってはっきり書いてあるでしょう?だめじゃない」。これ、無理です。先生からすると、しっかりと赤で書いてあるので絶対に目につくと思いますよね。でも、違います。「やっちゃだめ」と書いてあるのは読めても、それがどう感じられているかには、様々なタイプがあります。

 まず、「赤かどうかは分からない、他の色との区別がつかない」タイプ。この人たちはそもそも、いわゆる「赤」を他の色と区別できないので、無理です。次に「他と違う色だな」とは認識できるタイプ。でもやはり、「赤で書いてある」かどうかは分かりません。もう、「先生、何言っちゃってるの?」です。他にもありますが、もうひとつが私みたいな場合。これが一番やっかいかもしれませんが、「『赤』で書かれているのは分かる、けれど、『赤』が目立たない」タイプというのもいます。

 私の場合、これ何色?と聞かれて「赤」と答えることはできます。けれど、多くの方が見ているよりも、その「赤」は暗く沈んで見えます。ですので、「赤で書いてあるから注意をひく。だから、読んで絶対にわかったよね」とはならないのです。むしろ、黒で書いてあるよりも注意をひきません。私にとって皆さんの「赤」は、うっかり見逃す色なのです。実際、どんなに注意したつもりでも文中や欄外の赤で書いた注意書きを見落としてしまい、仕事でよく叱られたりもしましたが、実は私のようなタイプの場合、皆さんよりその文字が読みにくいのだということを知った時、少しホッとしました。

 それでは、ノートなどで強調したい時に私はどうするか、実は私には「青」が注意をひく色なのです。ともかく青い字、青いものは最初に意識に飛び込んできます。たぶん、皆さんの「赤」と同じ役割を果たしているのだろうと思います(あくまでも私の場合です)。

掲示などはどうする?

 こう書くと、「それじゃ、赤と青で書けばいいんですね」という答えが返ってくる時がありますが、そうではありません。私のタイプでは「青」というだけです。色弱がみんなそうだというわけではありません。ですから、「赤と青で書けばいい」は違います。

 強調したいときには、どうすればいいか。

1) 黒字にして、文字のサイズを大きくする。はっきりした太字にする。(線の細い文字は色弱でなくても読みにくいですね)
2) 赤字の場合なら、文字の輪郭を黒で囲む。
3) 文字に黒線で下線をつける。

等が考えられます。どれも黒で行ってください。

 どんな色覚の人でも全員が確実にわかるのは、白と黒だけだと思ってください。この2つは皆、認識できます。それ以外の場合は注意が必要です。保育園に行くとよくある掲示ですが、黄色、薄い色やパステルカラーで書いてある絵や文字。これ、ほぼ、何を描(書)いてあるか私には分かりません。分かったとしても、それはとても一生懸命見て、一生懸命頭で考えた結果の理解なのです。

 まず、下の絵を見てください(皆さんも、自分はどんなふうに見えるかを話し合ってみましょう。「自分は普通。みんなと同じ」と思っている人たちの中でも多少の違いがわかるかもしれません)。この中でも特に(私の場合)、明るい黄色の文字の「△ちゃん」はかなり読みにくいのです、それどころか、書いてあることも分からないかもしれません。また、お花やいろいろな絵を描いてあったりすると、もう目がチカチカして見ることすら諦めてしまいます。特に(私の場合)、黄色が多い時に頑張って見ようとすると、気持ちが悪くなることもあります。


 次に、下の絵は3種類の色を使っていますが、その色によって見え方が違いすぎて、目がチカチカします。この場合、絵を見ること自体を諦めてしまったりします。

 それでも見ようとした場合はどうなるか。私には、青がとても強く見えるので、青い花びらにだけ目がいきます。青い花びらの中とその近くに黄色がありますね。この黄色ですが、青の中の黄色とそうでない黄色でまた見え方が違います。青の中の黄色は周りが縁取りされているのと似ているので、ある程度は見ることができます。でも、それ以外の黄色、特に花びらの黄色は白との区別があいまいで目がチカチカして気持ち悪くなるので、無意識のうちに見ないようにする可能性大です。蛍光ピンクの文字は見落としがちな色です。もう少し小さい文字だったら見落としているかもしれません。

 このように、1枚の絵を見るだけでも一生懸命、頭を使わなければなりません。それでも十分に見えているかどうかは分からないのです。では、どうするか。


 この場合は下の修正例のように、文字の輪郭を黒で囲ってください。外側を黒で囲えば、中の色が何色であろうが、そこに花がある、文字があるということを理解できます。


 また、発表などに使用するグラフですが、これも色で分けている図をよく見ます。でも、私たちには差がまったく分かりません。

 グラフは色だけで変化をつけるのではなく、線の種類(実線や点線)でも変化をつけた方が良いでしょう。棒グラフも色を変えるだけでなく、塗りつぶす模様でも変化をつけましょう。
(上の3点を描いてくださったのは、ある先生のお孫さんです。ひよりさん、ありがとう!)

子どもの色覚に疑問を持ったら

 例えば、「あの赤い三角の所に集まれ~」や「青い棒のところに来てね」と言った時に、周りの様子をうかがってから行動を起こす子どもがいたら、ちょっと考えてみてください。そして、次の時、赤いコーンには星のマーク、青い棒には丸い月のマークをつけてから「あのお星さまがついている三角の所に集まれ~」「あのまん丸のお月さまがついている棒のところに来てね」と言ってみてください。前回と違って迷わずに目的の場所に行けるようであれば、そのお子さんの色覚には大多数の人と違うところがあるかもしれません。

 そういうお子さんを見つけたら、特に色だけでものを指し示すようなことはしないように注意してください。そして、お散歩で信号機を見たら、「今ついているのは赤信号だね」とか「真ん中の信号は黄色ね」など、色の名前を言ってあげてください。お子さんの記憶の中で、見ている色とその名前をつなげることができるように繰り返し、いろいろな場所で教えてあげましょう。ただし、自然界の色など、人によって違う名前になりそうな難しい色は、まだやめてください。あくまでも信号機などのように、誰もが同じ名前で呼ぶ色だけです。

色がまったくわからないとしても、情報は役立つ

 この方法は、色がまったく分からない子には通じないとお思いかもしれませんが、そうではありません。まずは、「まったく分からない」と言いながら、ほんの少しの違いしかないから「分からない」と言っている子も多いのです。そういうお子さんには、情報を与え続けることで、色の違いを頭で認識していくことになるでしょう。また、本当にまったく分からないお子さんにも教えることは無駄ではありません。例えば信号機は色の順番が決まっていますから、「真ん中が光っているから、あれは黄色なんだ。もう今から出ちゃいけないよね」と覚えますよね。そうしたら、そのお子さんは色が苦手だということを知らない方から「信号は黄色よ」と声を掛けられただけで、頭の中では「信号機の真ん中が光っていて、注意しなければいけないんだ」ということが分かりますよね。

 つまり、「色が見ただけでは分からないけれども、その場の様々な情報によって推定することができ、その情報に合った行動ができるようになる」ようにしてあげることが、そのお子さんが今後の人生を歩むのに一番重要なことなのです。先生方にはぜひその手助けをしていただきたいと思います。

保護者への伝え方

 さて、そのようなお子さんの行動を発見した時、保護者の方にどう伝えたらいいでしょう。この場合、保護者の方に「○○ちゃんは、色がよく分からないみたいです」と伝えてはいけません。私の経験でもお話ししましたが、保護者(特に親の場合)にとってはあまりに強い言葉です。その言葉をそのまますんなりと受けとめられる保護者は少ないでしょう。先天性の色弱・色盲というのは遺伝で起こるもので、治る(「大多数の人と同じ色覚になる」という意味ですが)ものではありませんから、保護者がすんなり受けとめられないのも仕方ありません。「うちの子が、そんなことあるはずない」という答えが返ってきても不思議はないのです。

 ただ、色がよく分からないお子さんをそのままにしておいたら、一番苦労するのはその子本人です。理由もわからずに、皆が当然理解していることが自分にはよく分からないというのは、それだけで疎外感、劣等感を生みます。どういう原因で色がよく分からないのかが分かると、その後の生活、考え方がずいぶん楽になります。ですから保護者には適切に伝えて分かっていただきたいのです。

事実だけを伝えることが大切

 そのためには、まずは事実だけを伝えてください。「今日、○○ちゃんは、『赤い棒のところに来てね』と言った時には、周りのお友達がどうするかを見てからみんなについていくように来たんですよ」「○○ちゃん、『お星さまのところに来てね』と言うと、周りの様子を見ないですぐに来ることができるんですよ」。このように、そのお子さんの行動に関して事実だけを伝えてください。先生の方から「色が分からないのでは」ということを提案するのはやめて下さい。なるべく親御さんがご自分で気づくようにしましょう。

 そして、親御さんのほうから、「先生、うちの子は色弱(色盲)なんでしょうか、どうしたらいいでしょう」と相談されたら、まずは専門家(眼科医)の診察を受けるように勧めましょう。同時に、もし色覚多様性を持つ子どもだとしても、それは決して特別なことではないとお伝えしてあげるとよいでしょう(何しろ20人に1人ですから)。診断を受けると、本当に色覚特性に特徴があるのか、それはどのような特徴かということが分かります。それが分かれば、その後に気をつけなければならないことが分かりますし、成長するに従って自分の頭で多少の補正ができるようになります(先ほどお話しした通り、周りの意見を参考にして記憶などで補えることも増えるのです)。日本眼科医会のページにも気をつけることなどが記載されています(日本眼科医会)。

 ただ、この日本眼科医会のページは当事者ではない方が書いているようで、当事者からすると感覚的にちょっと違うな、と思うところもあります。そのあたりについては、先述の岡部先生のサイトのほうが、少し難しいですが当事者の感覚で書かれています。

 ここまでお話したように色覚というのは、とても多様なものです。いつも、「自分と相手は、この色を同じように感じていないかもしれない」ということを念頭に置いてお話をするように気をつけてください。そうした気遣いだけで、皆さんの周りから「困る子ども」が減ることになります。



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