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6-1. 命を奪う危険性の高いケガ(頭部、腹部)

(2018年11月11日)

外傷(ケガ)、傷害:言葉の整理から

 体表面や内臓(脳も内臓です)に力学的な力が加わり、ダメージが起こることを「外傷(以下はわかりやすさのため、ケガと表記)」と呼びます。やけどや凍傷も火や熱、冷たさというエネルギー(物理的な力)によって体表面やその内部に損傷が起こることです。あるいは、漂白剤を飲んで内臓がただれるのも、化学的な力によって内臓にダメージが起こることです。実は、やけども凍傷も化学物質によるただれも「外傷」の中に含まれます。どれも、力(力学的、物理的、化学的)によってからだにダメージが及ぶこと、だからです。

 一方、溺水、誤嚥、絞扼等の場合、水、モノ、食べ物、ヒモ等といった外的な要因で「息をするための部分」が働けなくなり、脳や全身にダメージが生じます。こちらは「外傷」とは呼びません。でも、上に挙げた外傷と合わせて、すべて「傷害(injury)」と呼ばれます。


 さて、以下は、保育園等で起こるケガ(外傷の大半を占めるもの)の中で命を奪う危険性の高いものの話です。ややこしいので、まず言葉の整理をしてみました。


「ケガ」はできごとと結果の軽重が直結しない

 ケガというのは、きわめて興味深い現象です。同じ外傷の中でもやけどや化学物質によるただれは、同じ火の強さ、同じ低温、同じ量の化学物質であれば、ほぼ同じ結果(深刻度)になります。「息ができないできごと」の場合、一定時間がすぎれば確実に、脳に障害が残ったり、死亡したりという結果に至ります。つまり、できごと(やけど、毒物誤飲、溺水、誤嚥、絞扼等)と結果(傷害の程度)の関係は、ほぼ決まっているのです。

 ところが、ケガは1件1件が違います。「転ぶ」「滑る」「ぶつかる」「落ちる」といったできごとがほぼ同じであっても、結果としてのケガの程度(深刻さ)はさまざまです。たとえば、同じ30センチの高さから落ちても、無傷の子どももいれば骨折する子どももいます、運動ができるできないにかかわらず。同じような正面衝突(自動車)でも、まったく無傷ということもあれば死亡する場合もあります。できごと(転ぶ、滑る、ぶつかる、落ちる等)と結果の関係が決まってはいないのです(ただし、「刺す」「切る」「はさむ」といった、からだのごく一部に起こるできごとは、できごとと結果の関係がある程度決まっています)。


 なぜか。転ぶ、滑る、ぶつかる、落ちるといったできごとは、全身が関与するためです。たとえば、「つまずく」というできごとがまったく同じ場所で同じように起きても、その後にからだを打つ順序、打つ場所、打つ強さは1件1件すべて異なります。そしてここに、保育園等で「転ぶ」「滑る」「ぶつかる」「落ちる」といったできごとが起き、結果としてケガが生じた(または、ケガが生じなかった)時の対応の鍵があります。つまり、こうしたできごとの場合、「ケガがひどかったから、反省する」「ケガが起きなかったから、忘れる」ではないということです(1-1の項1にあるPDFも参照)。

 できごと自体が自分の園の保育として、子どもの育ちとして適切かつ当然であるなら、たとえ骨折が起きても「そのできごとに至った過程」を反省したり見直したりする必要はありません。生じたケガ自体については保護者に謝罪するとしても、「この活動においてこれが起きるのは、私たちの園としては織り込み済みです」と、最初から伝えておくべきことだからです(コミュニケーションのA-1)。一方、できごと自体が自分の園の保育として、子どもの育ちとして不適切であったなら、ケガが生じなくても、そのできごとに至るまでの活動を具体的に見直すべきです(単純な「やめる」や、実効性のない「見守る」「気をつける」ではなく)。ケガは「結果の軽い、重い」ではなく、そこに至ったできごとのプロセスが自分たちの園の保育として、適切だったのかどうかで考えるべきことです。

 こう考えれば、子どものケガというのは「ケガをなくす」という観点ではなく、「自分たちの園の保育(士)の質を上げる」という観点で考えればよいことだとおわかりいただけると思います。「ケガをなくそう」と考えれば保育(士)は委縮します。子どもは育ちません。「保育(士)の質を上げる」と考えれば、無駄なケガは減ります。必要なケガや当然起こるケガは増えるかもしれませんが、子どもがからだの動かし方を身につけていけば、必要なケガや当然起こるケガも減っていくはずです。


「ケガ」を分けて考える

 ですが、すべてのケガが同じ、ではありません。

 まず、保育園等で起こる大部分のケガは、子どもの命を奪いません。もともと、保育園やこども園、幼稚園は、子どものために作られた環境だからです。子どものために作られた環境を一歩出たら、そこはおとなのための環境です。ですから、歩けるようになった子どもがベランダから落ちて亡くなったり、包丁を持ってケガをしたりしますが、園にはそのような環境はそもそもないという前提です。

 もちろん、「自分たちの園の価値」として、子どもが落ちたら死ぬ可能性の明らかにある高い構造物を設置している園、あるいはナイフや包丁等を子どもに使わせる園もあります。それは、最悪の場合に起こる死亡リスクさえも考慮に入れたうえで、最悪はできる限り防ぎ、かつ、どのように子どもができるようになっていくかを明確に考え、遊びを学ぶ、使い方を学ぶ過程も明確にし、職員が行動している園でしょう。背の高い構造物や遊具があるのに「落ちるわけがない」「ただ見ていればいい」と漫然と考えること、危険な道具でも子どもに勝手に使わせることとは違います。

 そして、人間のからだはそれなりに複雑なので、「転ぶ」「ぶつかる」「滑る」「落ちる」が起きても、たいていは手足という生来のクッションが働いて、骨は折ったとしても命は守られます。骨を折ったり筋をひねったりすれば「痛い」ので、人間は助けを求める行動をとりますし、「痛い」様子は外からもわかります。


命を奪う危険性の高いケガ:頭部と腹部

 そうすると、保育園等で起こる「ケガ」のうち、もっとも危険と考えておくべきものはなにか。それは頭頸部と腹部のケガです。それも「ケガ」という言葉で考えると見過ごされがちな「頭蓋骨の中」「腹腔の中」で臓器(脳、内臓)に生じるケガです(これも定義上は「外傷」と呼びます)。

●頭頚部

 頭頚部のケガは、「コブがあるか」「血が出ているか」といったことで判断されがちですが、表皮のケガなどたいしたことではありません。もっとも怖いのは、頭蓋骨の中で起きる出血や脳震盪(しんとう)です。頭蓋骨の中で出血が起きたのに、手当てをせずにいれば短時間で亡くなります。一方、「気絶=脳震盪」と思われていますが、これは間違いです。「脳が強く揺さぶられること」が脳震盪であり、気を失わない脳震盪もあります。ですから、目に見える傷やコブ、気絶で判断してはいけません。

 顔面(頭頚部の前面)は、傷があったり歯が欠けていたりすれば受診につながりますが、下の事例のように傷が見えなければ受診につながりにくくなります。でも、顔面には目、鼻、耳という大事な器官があり、骨で守られているとはいえ実際には穴だらけ、そして、こうした器官のすぐ裏は脳だということを忘れないでください。

●腹部

 腹部は骨に守られていません。「痛い」というシグナルが出にくい場所です。言うまでもなく、大切な臓器がたくさん詰まっています。そして、下の水筒の事例の解説に書かれている通り、腹部に加わる力学的な力に対して、子どものからだはおとなのからだよりも弱いのです。腹部の場合も頭部と同じく、からだの中で臓器が損傷していたり、出血が起きていたりすれば命にかかわります。そして、子どもが症状を訴えなければ、手遅れになります。

 腹部のケガによる死亡事例は、2016年12月、神奈川県葉山町の町立保育園で起きました(役立つリンク→「保育・学校事故」→「2016年、神奈川県の認可保育所で起きた腹部傷害死亡の検証委員会報告書」。または2016年のニュースの一番上)。保育園等で起こる死亡事故の中では稀な、ケガ(外傷)による死亡です(※)。下の、水筒やジャングルジムの事例のように、その場で吐いたり痛がったりすることがなく(またはそれに気づかず?)、亡くなった事例です。葉山町の事例は園長が書類送検され(2018年のニュースを「葉山」で検索)、その後、不起訴、2018年に定年退職となっています。


※内閣府が毎年出している統計を考えてください。死亡事例はほぼすべて「ケガ(外傷)」によるものではありません。一方、「治療に30日以上を要する」事例はほぼすべてケガのはずです。死亡につながりがちな「息ができないできごと」や「睡眠中の異常」は、その状態から回復すれば30日以上、治療に要することは決してないからです。もちろん、息ができないまま意識不明の重体で30日以上、という事例は後者に含まれています。でも、こうした事例が最終的に回復したのか、死亡したのか、日本の統計ではわかりません。

 内閣府の「死亡」「治療に30日以上」を見ると、いわゆる「ハインリッヒの法則」の三角形を思い浮かべて、一番上の三角が「死亡」、真ん中の層が「治療に30日以上」、一番下の層が自分の園で起きているケガと考えがちでしょう。でも、違います。内閣府の「死亡」「治療に30日以上」は、実はまったく異なるできごとのことを、まるでつながりがあるかのように並べているだけです。(1-1の項1にあるPDFに解説)


見ていなかったら受診!

 頭を打ったら全部受診? おなかを打ったら全部受診? それでは保育が成り立ちません(「受診加配」がいれば別かもしれませんが)。ではどう判断するか。

 職員が見ておらず、子どもがどこかをぶつけたらしい。どこをぶつけたのか、わからない。頭部か腹部の可能性もある。それなら、受診してください。子どもに「頭打った?」「おなか、ぶつけた?」「大丈夫?」と聞いてはダメです。子どもに「怒られる」「失敗した」という感情があれば、当然、「ぶつけてない」「大丈夫」(※)と言うでしょう(そして、子どもがどう感じているかは、おとなにわからない)。だから、おとなが誰も見ていなかったら、受診!です。

※「大丈夫ですか?」は、おとなが倒れているのをみつけた時にも、使ってはいけない言葉だそうです。「大丈夫ですか?」「大丈夫」と答えるから。おとなの場合、「どうしましたか?」と聞くべきだそう。


見ていたけれども、心配なら受診!

 転んだ、ぶつけた瞬間を見ていたら…? ぽてぽてぽてと歩いて、ロッカーにおでこをコツン、これならまあ、いいのかもしれません(※)。けれども、後ろにひっくり返ってゴッツン! 前に転んでゴッツン! 階段の途中で思いきりつまずいて、からだの前面を打った! 「コブがないから大丈夫」「傷がなければ大丈夫」…ではありません。腹部の場合はもっとやっかいです。まったく平らな床で倒れたなら、「おなかを打っていない」と言えるかもしれませんが、たとえば、階段でつまずいてからだの前面を打った場合、おなかのどこに段が当たったのかはわからないのです。

 頭部の場合も同じですが、腹部のケガであっても、葉山町の事例のように、子ども自身が事故後すぐに「痛い」「気持ち悪い」と言わない事例があります。そして頭蓋内や腹腔内で出血が進み、数時間後に急変、死亡ということは十分に起こりうるとわかっておいてください。そして、「これまでは受診しなかったけど、これはちょっと心配だから受診しよう」と、今までよりも少しだけ、受診のハードルを下げてください。

※つかまり立ちをし始めた時期の子どもが後ろに転倒する件に関しては、高山静子先生(東洋大学)がこのように書いてくださっています。


園で「様子を見ました」と言わないため

 「見ていなかったら」「心配だったら」受診する理由は? もちろん子どもの命を守るため、ですが、第2の理由は、園の社会的責任です。

 受診しても医師は「大丈夫。様子をみましょう」と言うだけかもしれません。でも、子どもが夜中になって突然、吐き始めるかもしれないのです。医師が「大丈夫」と言って夜中に急変するのと、保育士や園長、保育園看護師が(受診させずに)「大丈夫」と言って帰宅させ、夜中に急変するのとでは…? たとえ医療的な結果は同じでも、園が問われる社会的責任、信頼を失うリスクは大きく異なるでしょう。だから、受診をしておくべきです。

 医師の中には、「こんなケガで受診する必要はない」と言う人もいるそうです。その時は、はっきり、でも丁寧にこう言ってください。「たいしたケガでなくてよかったです。私たちは他人のお子様の命を仕事として預かっているので、お医者さまに診ていただく責任があるのです。」

 第3の理由は、保険の問題です。たとえば、こういう事例です。

 顔面をぶつけたものの、傷もなかったため、受診せずに帰宅。数時間後に嘔吐が始まり、受診して調べたところ、外からは見えない場所に大きなケガがあり、手術と長期にわたる治療が必要だということになりました。とはいえ、日本スポーツ振興センターの保険に加入していたので、長期の治療も問題はないと……。

 ところが、ここで問題が生じました。初診の理由が、「ケガ」ではなく、「嘔吐」だからです。おそらく最終的には、嘔吐からその原因であるケガ(顔面をぶつけた)に遡ってカバーされると考えられるようです(=別の所で聞いた保険専門家の意見)。けれども、保険の理屈のうえでは、嘔吐からケガにわざわざ遡って、そのケガによって起きた医療費をカバーする必要はないのです。最初の受診の理由は、あくまでも「嘔吐」なのですから。保険金が支払われない可能性も十分にあると考えたほうがよいでしょう。

 「ぶつけた」という時点で受診していれば、初診の理由は「ケガ」になります。そして、その時点の医者の診断が「経過観察」であってもかまわないのです。嘔吐した時点ですでに、「ぶつけた」できごとに関するカルテがありますから。

 保険に関しては「首から上」に限りませんが、首から上の場合、状況が外から見えにくい場合や見えない場合が少なくない以上、「大丈夫」と言わず、まず受診です。

(保護者には、年度初めに「緊急時には、○○病院/クリニックに受診します。他の医療機関が良いという方は、受診すべき機関をお伝えください」と尋ねておきましょう。「あの病院だったからダメだった」と言われないため、です。)


腹部のケガの事例

事例1:水筒で内臓損傷

 これは、小児科学会の「傷害速報」事例59です。危険性があるのは、必ずしも水筒だけではありません。同じようなことは他の物でも起こりえます。転んだ時、地面にとがった石や刃物があったら、大けがになります。それと同じことが、子どもが身につけていたものでも起こりうるということです。

 事例を簡単に要約すると、次のようになります。子どもは7歳5か月。登校中に走っていて、校内に入った所(下は硬い土)でつまずき、転倒しました。首からさげていた水筒が地面とおなかの間にはさまり(底の部分がおなか側)、腹部を強打。ぐったりして吐いていたため受診しました。くわしく調べたところ、膵臓等を損傷していることがわかり、膵臓を約半分摘出、脾臓も摘出。3回(またはそれ以上?)開腹手術しており、膵臓と脾臓がないことによる疾患に今後も注意を要する状態です。この事例は早く受診して入院(1か月以上)したことで出血等にも気づけていますが、腹部の臓器を傷つけた場合、大量出血や腹膜炎による死亡も考えられると、事例のPDFには書かれています。

 PDFのコメントの2に書かれていますが、子どもは
1)おとなに比べて胴体部分が短いため、外からの力が狭い領域に集中しやすい、
2)腹部臓器が大きい。また、臓器の一部は肋骨に保護されていない(これは子どもだけではありませんが)、
3)内臓脂肪が少なく、腹壁筋が弱いため、(おとなに比べて)外からの力を十分に受けとめきれない、
といった特徴があるそうです。そのため、腹部に外からの力が加わった時、内臓の損傷が起こりやすいようです。

 未就学児、またはそれより上の年齢であっても、「走らない!」と指導すること自体は大事とはいえ、それで転倒そのものを防げるわけではありません。水筒については、斜めがけにすることで、肩からずり落ちることや、なにかの際に首が絞まることを防いでいるわけですが、さて…? リュックサックの中に水筒を入れる、というわけにはいかないのでしょうか。

事例2:ジャングルジムから落下し、7歳児が重傷

 2018年9月3日、大阪府の公園内のジャングルジムで遊んでいた児童(7歳)が、ジャングルジムのデッキから、斜め下の鋼鉄柱天板部に手をついて下に降りようとした際、ついた手が滑り落下し、天板部分に腹を打ち、すい臓損傷等の重傷(「消費者安全法に基づき、関係行政機関等から生命・身体被害に関する消費者事故等として通知された事案」から、2018年9月13日)。(製品安全の「事故情報」に2018年9月25日掲載)

 こちらの事例は、天板部分でおなかを打ったわけですが、これ以外にも鉄棒で腹部を打ち、搬送・手術となった事例もあります。「内臓を損傷」と言うと、なにかとがったものがそこにあったような印象を受けると思いますが、鉄棒や天板(どの位置かはわかりませんが)でも打てば内臓損傷を起こし得るのだと理解しておいてください。

おまけ

 腹部ではありませんが、水筒で起きた類似の事例です(所真里子・当NPO理事より)。2011年7月に起き、製造業者から届け出(※)。 「水筒を首からさげていた幼児が転倒した際に、水筒の飲み口キャップが開き、あごに裂傷を負いました。この水筒の飲み口のキャップ部(ABS樹脂製)は角が面取り(=角をとる加工)されていましたが、指を押しつけると痛みを感じるほど鋭角なものでした。この事故を受けて製造事業者は、次回生産分からキャップの末端の角をなくす構造に製品改良をすることにしたそうです。」

※重大な製品事故が発生したとわかった時、事業者は消費者庁に届け出なければならない。この事例は、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)が分析・公表しているデータベースにあったもの。)(2016年10月1日加筆)

(「首から上はとにかく受診」の第1稿は2016年3月8日、2017年10月27日に加筆。「腹部のケガ」の第1稿は2016年9月27日)


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