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6-2. すき間や棒状の箇所などに首がかかる(絞扼)

(2017年7月28日。2019年1月20日改変)

絞扼は、息ができないできごとのうちのひとつ

 まず大前提ですが、「この遊具が危険」「この遊具だけが危険」と言っているわけではありません。「この遊具はうちにないから大丈夫」でもありません。同様の絞扼(こうやく)の危なさは、他の遊具、保育環境にも多数あります。

 たとえば、2017年4月12日に保育施設のうんていで起きた事例(この「ニュース」の当該日と後日を参照)も、喉が強く押された状態(=扼)です。また、「傷害速報」の事例27「遊具による溢頸」(遊具の写真あり)も同様です。ヒモ状のもの(カバンや水筒のヒモ、縄跳びのヒモ)などによる死亡(=絞)も少なからず起きています。1-7にはヒモ状のものの危なさも挙げてありますが、その他の絞扼も数分間、気づかなければ子どもは亡くなるか、深刻な後遺症を残します。

遊具のすきまに首をひっかけそうになった事例

 写真で青く見える部分は、事故直後、園が遊具の外側から板を貼ったもの。もともとはこの部分がすべて開いていた。


 3歳児が園庭遊びを終え、昼食のため、室内に戻るところ。保育者が確認のため、この遊具の裏側(隣の敷地との境界)にまわってみると、矢印の部分に子どもが両手を遊具の床の上に挙げてからだを支え、頭と顔の部分を斜めにはさんだ状態でぶらさがっていた。からだは遊具の外側(写真からは見えない向こう側)で、どうにか上がろうと足をバタバタさせた状態。保育者がすぐに降ろし、意識もあり、念のため受診したが異常なし。

 このすき間(側板の下の縁から丸太の上縁部まで)は広い所で約17センチ。3歳児がどのようにしてこのすき間から落ちた(または、降りようとした)かは不明。

 この園はすぐにこの遊具のメーカーの担当者に連絡をし、状況を説明した。この遊具は20年ぐらい前に設置したもので、メーカーの担当者によると、当時の基準ではこのすき間でよかったが、今は11センチのすき間にしてあるとのこと。実は、この同じ遊具の側板のうちの1枚は、設置後の経過で劣化したため、新しい板(11センチのすき間のもの)になっていた。しかし、この1枚をとりかえた時、メーカーの担当者は園側にすき間の基準が変わったことも伝えておらず、全部を取り替える可能性にも言及していなかった。

●考察

 ここで重要なのは、約17センチのすき間を3歳児のからだ(この児の体型は標準)はすり抜けるという点、そして、からだは抜けても頭部が残るという点です。今回の事例では、首から顔を斜めに横切るようにすき間にはさまったため、一時的な呼吸には問題がなかったのかもしれませんが、何分間、この児がこの状態にあったかは不明なので、はさまり方自体がよかったとは必ずしも言えません(もっと長い間、この状態でいたら危険であった可能性大)。なにより、落ちた(降りた)際にもしもアゴを上げた状態で、アゴが側板の下の縁にひっかかっていたら(=首が無理にのけぞる体勢)非常に危険だったと考えられます。

 上のうんていの場合、首がひっかかった状態で、頭が斜めの板に支えられてしまったため、からだが落ちず、息ができない状態(扼)が続きました(上の雲梯の事故、2017年4月13日の写真と絵を参照)。「傷害速報」の遊具の事例の場合、水平部分が狭く、左右が鉄の棒と板であるため、こちらも頭部が支えられてしまった状態になり、からだが落ちずにひっかかってしまったのでしょう。

 このようなことが起こりうる場所は、遊具に限らず、園庭や施設の中に複数あると思われます。遊具であれば、メーカー等に連絡して改善してください。また、公園にも同様の遊具、環境があるでしょう。公園の場合は、からだが抜けるすき間(頭が残るもの、または頭は残らないが全身が抜けて落ちてしまうもの)や、破損や老朽化によってできたすき間も数多くあると考えられます。危険箇所は、公園を管理する部署にメールかファックスで通報するべきです。それによって改善・改良がなされるかどうかはわかりませんが、少なくとも「園は自治体に通報しておいた」という証拠にはなります。万が一の事故があった時に、「自治体は知らなかった」「メーカーは知らなかった」とさせないためです。危険な公園遊具については、お散歩マップなどを通じて保護者にも注意喚起をしたほうがよいかもしれません。

●「なぜ、こんなことを?」ではなく、「きっとするね」

 子どもの行動と深刻事故の予防を考えた時、「なぜ、そんなことを?」という問いにはほぼ、意味がありません。子どもはなんでもするのですから。すき間があればからだを入れるでしょうし、登れるなら登るでしょう。登る意思がなくても、たとえばジャングルジムやベビーベッドに立ち上がって横棒につかまり、足を上げたり下ろしたりしていれば、足が棒にひっかかってからだが上にあがってしまうこともあります(つかまり立ちする子どもがベビーベッドから転落する事故は起きています)。ドアを開ける意思がなくても、両手をドアについて体重を左右どちらかにかければ、鍵のかかっていないドアは開きます。

 「なぜ」ではなく、「これはきっと~するね」「これはきっと~できちゃうよ」「する、できる、と想定したうえで、どうすれば深刻な結果を防げる?」(どう想定しても、結果が軽いケガにしかならないなら、そのままにしておくという選択もありえます)と考えてください。

 一方で、「保育の質」を考えた時に「なぜ」が重要なケースも、時としてあります。上のうんていの事例では、事故当日の記事に次のように書かれていました。「うんていは、前日に入所したばかりの女児の妹がいたゼロ歳児クラスの前にあった。事故直前、女児が妹の様子を見ようと近くのフェンスにのぼっているのを室内の保育士が注意していたという。その後、保育士が女児の異変に気づき、保育所にいた看護師が救助し、救命措置を行ったという」(朝日新聞、2017年4月12日)。

 仮にこの記事の内容が正しいとすると(正しくなかったとしても、同様のことは起こりうるので)、この子が「妹を見たい」と外で頑張っていたのはわかっていたわけです。「室内を見られる場所に登ろう」という明らかな意図をもってフェンスに登っている3歳児に「そこ、のぼっちゃダメだよ」と言ったら、「そこ(フェンス)」ではなく、別の所にのぼるのは当然ではないでしょうか。妹の様子を見たいのだろうと気づいたなら、なぜ保育者がその気持ちに対応してあげなかったのか?です。それは深刻事故の予防という以上に、保育の話です。もちろん、うんていの形状が違っていたら(頭部がひっかかる部分がなければ)この事故は起きなかったわけですが…。

 この事例のように、子どもの意図と行動の関係が明らかな場合には、意図そのものに対応することで、行動は変えられる、またはやめさせることができるでしょう。なによりまず、それが子どもの気持ちを考えた保育者の行動なのではないかと思います。



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