7-2. 溺れは気づかない、溺れているように見えない
(2015/7/21。2021/6/2加筆)

溺れていたらすぐわかる? 違います

 まず、こちらのビデオの30秒ぐらいからをご覧ください。2015年、ニューヨーク州バッファローの学校プールで起きたできごとです。13歳の男の子が浮いている(スポット部分)ことに誰も気づけていません。ビデオを撮っていたのは、別の子どもの家族だそう。ようやく水から引き上げられて搬送、(脳を守るため)薬物による昏睡状態に置かれ、数日後に回復して退院したそうです。まわりにいる子どもたちも、まったく気づいていません。

 もうひとつ、こちらは2020年、ミシガン州デトロイトにあるホテルのプールで溺れた2歳児の映像(監視カメラ映像)。2分以上、周囲の誰も気づいていません。プール際を歩いていた9歳の女の子が見つけて救助、事なきを得たようです(この子の体がプールの縁にあって、真上から見えやすかったのでしょう。もっとプールの中央に近かったら見えません確率が高い。7-3)。ちなみに、ニュースではこのプールの状況を「混んだプールの中で」と言っています。

 次、こちらは「浮いて」も「沈んで」もいない溺れです。こちらのニュース番組には、人々の目の前で起きた子どもの溺れ事例の画像と、20年間、このビデオに写っているブロンクス・ビーチ(ニューヨーク)でライフガードを続け、何千人もの溺れを見てきたFrank Pia博士(本能的溺れ行動に関する教育に携わる専門家)のインタビューが収録されています。ビデオの約39秒後から「溺れ」のシーンが始まります。目の前にいる人たちは誰も、この子どもが溺れていることに気づいていません(手前の人たちを見る限り、この子どもが溺れている場所も、それほど深くないことがわかります)。そして、この子は、下に書いたような「溺れているようには見えない」溺れの動作をしています。


人は映画やテレビのようには溺れない

 下に内容を抜粋していますが、「溺れは、溺れているように見えない」(Drowning doesn't look like drowning)という記事があります。「溺れている人」というと映画やドラマでみるように、手を頭の上で振りながら「助けて~!」と叫んでいるイメージが思い浮かびますが、それは大きな嘘だという内容です。米国の水の安全の専門家が書いています。

 この記事によると、米国では溺水が子ども(1~14歳)の事故死の2位(1位は自動車事故)。毎年750人が溺死し、そのうちの半数は、保護者(他のおとな)から約20メートルしか離れていないところで死ぬのだそう。9割は、おとなまたは10代のの付き添いがいるとのこと。場合によっては、保護者が子どもを文字通り「見ている」前で、保護者がそれと気づかないうちに溺死するのだと言います。 

 たとえば、このYouTubeビデオをご覧ください。『溺水予防:ハリウッド映画 対 現実』というタイトルです。最初に数秒出てくる映像が、一般に思われている「溺れ」の様子です。その後、プールの画像で見えるのが、本当の溺れです。2度目に、矢印で記されている映像です。「ライフガードが、底に沈んでいるこの10歳児に気づくのに2分以上かかった」とテロップは書いています。ライフガードでも、それだけの時間がかかるのです(2分ですから、救命されたでしょう)。溺水の「本当の特徴」を知っていて、冷静に究明をできるライフガードでなかったら…?


私たちが知っている「溺れ」の姿は嘘

 では、なぜ、ドラマや映画のような溺れは嘘なのでしょうか。上の記事によると…、

1)呼吸器は本来、呼吸するためにあり、声を出すことは二次的な機能。そのため、溺れている時は息を吸うことに精いっぱいで、「助けて!」といった声は出ない。

2)溺れている人の口は、水の外と中の間を行ったり来たりしている状態にある。水の外に口が出たら本能的に息を吸い、沈み始めたら、水を飲まないように口をとじる(よって、声は出ない)。

3)溺れている時は、水から浮こうとして(口を水面上に出して息を吸おうとして)、本能的に腕を横や前に伸ばして水面を押す動作をする。

4)3の動作が起きている時は、意識して腕を上に動かして助けを求めたり、浮いているものに手を伸ばしたりすることができない。

5)上のように溺れている人が、(足で浮力をつけることができない状態で)自分のからだを支えていられる時間(=沈むまでの時間)は、20~60秒間。下のニュースに出てくるPia博士によると、子どもはこの時間がもっと短いそう。

 もちろん、上のように「溺れ」が進行する前に、水を飲んでしまったり、からだの一部がつったりして、「助けて!」という行動をするケースもあるようです。けれども、目に見える行動があってから溺れる例は少数派だということを知っておくべきと、この記事は書いています。


溺れた時に人間がする行動は…

 では、溺れている人には、どのような特徴があるのでしょうか(上の記事から翻訳したものです)。ちなみに、ここに書かれているのは、海や、ある程度の深さのあるプールの話です。水深20センチ程度のプールでは該当しない可能性があります。また、すべての条件を満たさなければいけないわけでもありません! 保育園の場合、こういった動きをわざわざ覚えてみつけようとする必要はなく、とにかく「動かない子ども」「声をかけても返事をしない子ども」「様子がおかしい子ども」を早くみつけることです。

1)頭が水の中に沈んだ状態で、口が水面の高さ(またはそれよりも下)
2)頭が後ろに傾き、口をあいている。子どもの場合は、頭が前方に倒れていることも
3)視線がぼんやりしており、焦点が合っていない
4)目を閉じている
5)髪の毛が額、もしくは目にかかっている
6)足を使っていない
7)過呼吸、またはあえいでいる
8)一定の方向に泳ごうとしているが、進めていない
9)上向きに浮こうと、体勢を変えようとしている
10)目に見えないハシゴを登ろうとするような動きをしている(Pia博士は、「子どもでは、犬かきのような行動に見える場合もある」と言っています)

 ライフガードのプロが基本としているのは、「変だな?」と思ったら、とにかく「大丈夫?」と声をかけること。返事が戻ってこなかったら、命を救うチャンスは30秒もない、と一番上に紹介した記事には書いてあります。特に子どもの場合、水で遊んでいる時は、音をたてるのが当然。子どもが水の中で静かになったら、「どうしたの?」と声をかけることが必須、とも指摘しています。でも、未就学児施設の先生たちは日常的に、「全体よりも目立って動いている子ども」に目をやりがち。監視係に求められているのは、日常とはまったく逆の注意の向け方です。その点を意識していないと、いつも通り、「よく動いている子ども」に注意を奪われてしまいます。

 「うちは、そんな深いプールでは遊ばないから大丈夫」ではありません。この記事から学ぶべきポイントは、「水の中で子どもが静かにしていたら、それは変。喉に水が入っているのかもしれないし、熱中症かもしれないし、何か他のことが起きているかもしれない。だから、指導担当の人はまんべんなく子どもたちに声をかけ、反応があることを確認しましょう」という点だと思います。監視担当の人も「おかしいな」と思ったら、こまめに声をかけましょう。「〇〇ちゃん、大丈夫だった!?」「もぐりっこ、してただけだよ!」…、でも、意識を失っていたなら、子ども(おとなも)は自分では(意識を失っていたと)気づきません。