2-3. 指差し声出しは必須行動(2016/11/14、2021/8/7加筆)

 「指差し声出し確認」、一番よく見るのは駅員の方たちがしている姿ではないでしょうか。あるいは、運転手さんや車掌さん。指差呼称または指差喚呼(しさかんこ)と呼ばれるこの行動は、医療や製造業等でも使われ、効果が示唆されています(一番下に論文等を置いてあります)。ところが、調べてみるとこれは日本生まれの安全行動で、英国の鉄道専門家が日本の専門家と共同で実験をしている程度。世界でもほとんど知られていないようです。

 保育の世界でも、指差し声出しの行動はとても重要です。この項では、指差し声出しの効果、どんな時に指差し声出しをしなければいけないか、どんな時に指差し声出しをしているとよいか、さらに、声出しが持つ別の効果について説明します。

 人数確認で保育士が指差し声出し確認をしていると、子どもが「指差し」を真似するかもしれません。私(掛札)自身、「人に指を向けてはいけない」と言われて育ってきましたから、いまだに抵抗はあります。ただ、仕事である以上、「つい」「うっかり」「ぼんやり」な脳を対象物に向ける指差し声出しが重要なのです。下に出てくる行動の中で、子どもが見ていて真似をしそうなのは、ほぼ人数確認だけだと思います。その場合、指を差さずに手のひら全体を出しても指差しと同じです。



体験しましょう、指差し声出しの効果

 指差し声出しの効果は、とても簡単に体験できます。室内または園庭で子ども(20人程度)が元気に動きまわっている時に試してみてください。ただし、あなた一人しかいない時にすると危険ですから、まず、他の保育者に子どもの安全をしっかり託してください。

1.指差しナシ・声出しナシ:手を後ろにまわして組み、声を出さずに目視だけで人数を数え、全員がいることを確認する。
2.指差しアリ・声出しナシ:指で一人ひとりの子どもを指しながら、でも声は出さずに人数を数え、全員がいることを確認する。
3.指差しナシ・声出しアリ:手を後ろにまわして組み、目だけで子どもたちを追いながら、「1、2、3…」または「○○ちゃん、△△ちゃん、□□ちゃん…」と言いながら人数を数え、全員がいることを確認する。
4.指差しアリ・声出しアリ:指で一人ひとりの子どもを指し、指す度に声を出して「1、2、3…」または「○○ちゃん、△△ちゃん、□□ちゃん…」と言いながら人数を数え、全員がいることを確認する。

 はい、おわかりの通りです。1がもっとも難しく、4がもっとも簡単です。

 「7-1. 『プールを始めよう』と言う前に」の最後に置いてある「うわの空になる自分を体験するゲーム」も、この体験に使えます。動物の数を10数匹に設定して、上の1~4を試してみてください。

▶指差し行動の効果
 自分の視線(視点)を対象にはっきり向けることができる可能性が上がる。指差しをしないと、視線が泳ぎ、別のものを見てしまいます。実際、手を出すと、人間は自動的にそちらを向くのです。試しに、自分の手をあちこちに向けて出してみて、目はそちらを見ないようにしてみてください。…手を出したほうを「見ない」、これはけっこう難しいのです。

▶声出し行動の効果
 今、自分がしている行動を自分に言い聞かせることができる可能性が上がる。声を出さないと、脳は他のことをすぐに考え始め、うわの空になります。

 いずれも「可能性が上がる」と書いているのは、指差しをし、声出しをしていても、視線が泳いだり、うわの空になったりすることはあるからです。特に、行動に慣れてしまって、指差し声出し自体が形式化(形骸化)してしまうと、「指差し声出しをしていてもうわの空」となる危険性があります。



「今はうわの空じゃダメ!」の時に指差し声出し


 人間はいつも頭が覚めた状態で動いているわけではありません。「え、そんなことないよ。いつもしゃっきりしてる」…、そうですね、ぼんやりしている時は、自分がぼんやりしていることに気づけませんから、「ぼんやりしていることなんてない」と思うのでしょう。けれども、「机の上に置いたはずの書類が保育室の棚の上にあった」や「Aちゃんの連絡帳をBちゃんのカバンに入れていた」は誰でも経験するはずです。これが、からだは動いているのに、脳は「今していること」に意識を向けられていない状態、いわゆる「うわの空」です。

 朝、とにかく急いで家を出なければいけない! そんな時にはいちいち「次、なにをするんだっけ」と考えていられません。いつもしていることをいつものようにする「自動運転状態(auto-pilot)」でいたほうがスムースに進みます。でも、出がけにカバンの中を確認しなかったら、「あれ、今日使う資料が入ってない!」なんてことになります。「玄関の鍵、ちゃんとかけたっけ?」と心配になることもあるでしょう。

 合同保育の時間、空いた保育室に掃除機をかけている時もそうです。こんな時はぼんやり別のことを考えていてもOK。でも、うわの空のままで「さて、後ろも」と振り向いたら、荷物を取りに入ってきた子どもにぶつかるかもしれません。

 「今この時はうわの空じゃダメなんだよ、私の脳みそさん!」、そういう時は指差し声出し、または声出し、なのです。



指差し声出しをしなければいけない時

▶子どもの「いる/いない」を確認している時(例:人数確認)
 室内、園庭、公園、どこであっても、人数確認は指差し声出しで。人数確認のためと称して子どもに返事をさせる保育士さんもいますが、返事をしない子どももいれば、他の子どもの名前に返事をする子もいます。返事の練習と人数確認は別物と考えてください。置き去り、取り残しは、子どもの命にかかわる可能性がありますから。
 人数確認には「いるべき子どもがいる」だけでなく、「いるはずのない子どもが、いない/いることを確認する」もあります。「今日は休みのはず」と思い込んでいたら、その子がいても見えません。「いるはず」と思っていれば、いない子もいるように思えてしまいます。人間の脳は「思い込み>現実」です。そして、トイレや倉庫、子どもたちが移動した後の部屋、園バス等は、閉めたり鍵をかけたりする前に必ず、大きな声の指差し声出しで「誰もいません」「誰もいません」と確認を。

▶睡眠チェック時
 当然ですが、睡眠チェックの時の「指差し」は無意味です。かわりに、「○○ちゃん、大丈夫だね」と声をかけながら、一人ひとりのお子さんにふれてください。見るだけではうわの空になるだけでなく、息をしているかどうか、熱っぽいかどうか、といったことがわからないからです。これも子どもの命に直結します。(保育の安全シートの1-1と1-2)

▶食物アレルギー等のチェック時
 食物アレルギーの発症を予防するためには、献立作成から納品、調理、配膳、片づけなど、手順のすべての箇所でチェックが必要です。ここでは基本的なポイントを3つ。

1.大事なチェックは2人以上で
 私(掛札)は元・編集者ですので、一人の人が目で見てなにかを確認することはどれだけ難しいか、ある程度わかっています。印刷物の誤字脱字はそう簡単になくならないのです。でも、編集者として訓練した見方で何度か見れば、かなり減らすことができます。
 けれども、食物アレルギーのチェック(例:納品物がリストと合っている。アレルギー児のトレイと中身が一致している)を、時間をかけて何度もしているヒマはありません。ですから、大事なチェック・ポイントは1人ではなく、2人以上でします。1人でチェックをしていると思い込みも起きます。2人以上いれば、片方が思い込んでいても、もう1人が「違うんじゃない?」と気づく可能性が上がるからです。

2.指差し声出し、そして復唱
 献立のチェックも、調理中のチェックも、配膳時のチェックも声出し指差しが基本です。たとえば、「今日は○○ちゃん、小麦なしの米粉パンです。米粉パンなので真ん丸。2つあります」と言います。できれば、それをもう1人が聞いていて、目の前にあるものに指を向けながら言われたことを復唱します。
 この時に大事なのは、「聞いたことを復唱すること」です。「『はい』と返事をする」でもなく、「自分が思っていることを言う」でもありません。相手が言っていることを復唱しようとすれば、まず真剣に聞かざるをえません。そして、復唱すると、または復唱されると、自分や相手の言い間違い、聞き間違い、勘違い、思い違いに気づく可能性が上がります(2-4. 口頭コミュニケーションのルール)。なぜ、これをしなければいけないのか。人間は、目の前にまったく違うものが置かれていても、思い込みだけで「これは○○」と認識できてしまうからです。

3.読む時も、指差し声出し
 献立やアレルギー児のリスト、プレートの上の名前カード等を読む時は、必ず「今読んでいる文字」を指またはペン、鉛筆で指します。編集者が必ず赤ペンを持って行をなぞっているのは、今見ている文字に意識を向けるためです。ふだん本を読む時は数行をまとめて斜め読みしたほうが楽ですが、「今、この子の献立のこの行」「今、このプレートに置かれている名前カード」という時は、絶対に指またはペンで指してください。
 これでも目は泳いで次の行に行こうとしますし、脳は別のことを考え始めます。ですから、声を出しながらしましょう。そして、こうした作業もできる限り、2人以上ですることをお勧めします。



指差し声出しをしたほうがよい時

▶保護者に個人宛の手紙や書類を渡す時
 これは特にプライバシーにかかわることですから、特に重要です。渡す時には「はい、これは(書類の表面に書いてある名前を指して読みながら)○○さんのお手紙です。合ってますよね(相手が名前をのぞき込んで見た/言ったのを確認する)。〇〇さんにお渡ししますね」と言いましょう。渡す相手にも名前の照合を促すというのは、宅配や郵便の人たちもしていることです。相手にも確認の責任を半分もってもらっているわけですから。ただし、書面の内容を(大きな声で)言ってはいけません。宛て先の名前だけです。

▶ノートや汚れ物を子どものカバン等にしまう時
 毎日している作業なだけに、うわの空の自動運転になりがちなのがこれ。「ついうっかり」他の子どものカバンにノートや汚れ物を入れてしまいます。「(ノートの名前に目を向けて声に出して読みながら)これは○○ちゃんのノートで、○○ちゃんのカバンはこれ…。よし、○○ちゃんのに入れたぞ。次は…」といった具合に入れていきましょう。汚れ物の間違いなら、そうそう目くじらを立てることではありませんが、ノートは子どもや家庭のプライバシーがたくさん盛り込まれていることも多いようなので、入れ間違いを減らす努力を。
 あるいは、連絡帳等はカバンにしまわず、上の書類と同じように名前を言いながら保護者に渡すという方法もできます。

▶与薬の確認の時
 「○○ちゃんの薬だから」と思い込んでいると、薬袋にまったく違う名前が書かれていても思い込みで読み過ごします。ですから、「さて、○○ちゃんのお薬の時間だね。袋、袋…。はい、(袋の名前を指でさして、文字を声に出して読む)○○△子ちゃん…。あれ、△子ちゃんはお姉ちゃんの名前だよ! お母さん、間違ってお姉ちゃんの薬もってきた…」と、自分がしている一連の行動と、目の前の文字を口に出しましょう。
 こちらに与薬票のひな型も作ってみました。

▶元栓の閉栓、ドアの施錠など
 これは言わずもがなです。「エアコン、消えてます」「ガスの元栓、閉まってます」「鍵、かかってます」。心配なら2人が別々に確認。一緒に歩きながら確認してはいけません。一緒にいたのでは、話をしてしまったり、「見てくれているだろう」と思ってしまったりするからです。



声出し:別の効用

 指差しはしなくても、声を出しておくのは大切です。ぶつぶつ言うのは、自分がしていることを自分の意識にしっかりのぼらせ、ひとつひとつの行動を「自動運転」ではなく「意識的運転」にするため。

 たとえば、「あ、○○先生、Aちゃんがトイレに行きました!」は伝達でもありますが、自分に「Aちゃんがトイレに行った」と言い聞かせていること。「ちょっと事務室に行ってきます。(パーテーションのドアを閉めながら)はい、ドアを閉めました」と言うのは、後半、自分がパーテーションを開け放していないと自分に確認していること。「○○ちゃんの書類、ちょっとここのコピーの隣に置くね」は、自分にも言い聞かせつつ、事務室の他の先生にも聞いて(覚えて)もらっていること。

 ひとり言にもっと近いものの、とても大事な声出し行動もあります。たとえば、おむつを替えている時や乳児に食事を食べさせている時。子どもはしっかり聞いているので、実際には「ひとり言」ではありません(この話は掛札・訳『3000万語の格差』につながります)。そして、ここで声を出していると、自分が口にした情報を後で覚えている可能性が上がります。

 おむつを替えながら、「あれ、○○ちゃん、ちょっと下痢気味だね。お熱があるのかな。後で熱を測ろうね」…。もちろん子どももこの言葉を聞いています(だから、自分の声のトーンにも意識を向け、やさしくやわらかく話しかけることがとても大切です)。そして、今、おむつを替えているあなたの脳もこの言葉を聞いています。ですから、立ち上がって他のことをし始めても、「あ、○○ちゃん、下痢っぽかったから熱を測らなきゃ」と思い出せる可能性が上がります。

 おむつ替えも食事介助も慣れれば黙々とできることなのでしょう。けれども、黙々とできるということは、脳は別のことを考えているということです(=うわの空)。うわの空の状態では、今、目の前で「○○ちゃんがエノキの長いのを飲み込めずにゲボッとなった」というとても大事な情報があなたの頭に残りません。「○○ちゃんは、長くつながったものはまだ飲み込みにくい」のような情報は、覚えておいて他の保育士や調理師に伝えるべきことなのですから。

 「いちいちぶつぶつ言うなんて」と思わないでください。保育の場所では、子どもがおとなの言葉をすべて聞いています。「子どもにちゃんと話しかけよう」「子どもの姿を言葉に出して子どもに返そう」と思って声を出せば、それは子どものためだけでなく、保育士さんのためにもなるのです。



〔指差し声出し確認の効果を示した論文等〕
・笠原康代, 島崎敢, 石田敏郎, 平山裕記, 他. (2013). 看護師の内服与薬業務における誤薬発生要因の検討. 人間工学. 49, 62-70. (この論文はネット公開されていません)
・増田貴之, 重森雅嘉, 佐藤文紀, 芳賀繁. (2014). 指差喚呼のエラー防止効果の検証. 鉄道総研報告. 28, 5-10.
・増田貴之, 佐藤文紀. (2014). 指差喚呼によるヒューマンエラー防止効果を体感する. Railway Research Review. 71, 8-11. ここに掲載されている「シムエラー」のデモ用動画はこちらで見ることができます。
・芳賀繁, 赤塚肇, 白戸宏明. (1996). 「指差呼称」のヒューマンエラー防止効果の室内実験による検証. 産業・組織心理学研究. 9, 107-114.(抄録のみ)
・Shinohara, K., Naito, H., Matsui, Y., & Hikono, M. (2013). The Effects of "Finger Pointing and Calling" on Cognitive Control Processes in the Task-Switching Paradigm. International Journal of Industrial Ergonomics. 43, 129-136.
・Saito, A., & Bowler, N. (2015). Investigating an Effective Method of Using Risk Triggered Commentary Driving and Point & Call checks. The Fifth International Rail Human Factors Conference. (日英の共同研究)