2-7. 対策/対応マニュアル策定のポイント(2022/3/20)


マニュアルとガイドラインの違い

 この違いは大事です。実際、私が「教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン」(2016年3月。以下「安全のガイドライン」と略。役立つリンクの冒頭に置いてあります)の委員会でまず内閣府に尋ねたのが、これでした。出てきた書類に「マニュアル」と「ガイドライン」が混在していたので、「どちらを作りたいのですか?」と。結果、「ガイドライン」になりました。

 簡単に言うと、ガイドラインは大枠。「ガイド」(案内、指示)する「線/ライン」です。園なら、たとえば「今年の保育方針」や「年間保育計画」あたり。一方の「マニュアル」は方法などが明確に書かれているもので、電化製品の取扱説明書が典型的なマニュアルです。取扱説明書をめくると、「箱を開けると、これとこれとこれが入っています」とありますよね。「そんなの、わかってる!」と思うでしょうから、まず読まないでしょうけれど。でも、最初からよく読んでみれば、「箱を開けるところから始めて、誰がやっても同じようにできる」、…取扱説明書はそのように作られています。

 誰がしても同じ行動になるよう、行動が具体的に書いてある。これがマニュアルです。ただし、下に詳しく書く通り、事故や災害は電化製品と違って、「流れ」が毎回異なります。ポイント、ポイントにする行動は同じであっても、「同じ流れ」にはなりません。要注意!な点です。

 内閣府のガイドラインに、具体的な行動までは書かれていません。ガイドラインですから、あくまでも大枠、目安、方針。そして、「このガイドラインをもとに、具体的な指針等を策定して」(前文)と書いてあります。立地も園舎も園庭も職員も子どももみんな違うのですから、マニュアルで具体的に「何をどうするか」は園によって異なる部分がたくさんあるのです。一方、すべての園に共通するマニュアルもたくさんあります。

 以下に説明します。ここから下はすべて、マニュアルの話です。


対策と対応の違い

 マニュアルは、誰がしても同じ行動になるよう、行動が具体的に書かれているもの。ですが、安全や健康、災害にかかわる行動は、大きく2つに分けなければなりません。対策と対応。つまり、マニュアルも大きく分けると「対策マニュアル」と「対応マニュアル」になるわけです。内閣府のガイドラインも、「予防」と「事後後対応」に分かれています。

 対策と対応、字の通りです。対策は何かに対する「策」、つまり計画や方策。対応は何かに対する「応」、つまり反応。ですから「対応」と言ったら、事故や災害が起きた時にどうするか。一方、「対策」は、起きた時にどうするかも含みはしますが、予防もすべて含むわけです。「食物アレルギー対応」と言ったら、誤食した時や発症した時に職員がどう行動するか。「食物アレルギー対策」と言ったら、対応も含むものの、誤食をどう防ぐかや保護者との(リスク・)コミュニケーション等も含むことになります。

 簡単に書くと、こんな感じでしょうか。
  対策=予防の方法+リスク・コミュニケーションとかいろいろ+発生時の対応方法


「わかる」「覚えている」ではなく、ポイント行動が「できる」

 「マニュアル」と言うと、安全のあらゆる側面について、すべき行動をまるで劇の台本のように細かく書いて「この通りにしなければならない!」と思いがちですが、誤りです。なぜか。まず、特に安全関連では、できごと自体が「想定通り」にはなりません。劇の台本のようなマニュアル(=「流れ」のマニュアル)を作って練習していても、ほとんど効果はないのです。

▶基本の「き」:アタマで理解していることと、実際に体が動くことは違う

 電化製品の取扱説明書なら、わからない時に読みながら「あ、こうして、こうして、こうするのか…」と使うことができます。園のマニュアルは、そんな悠長なことをするためのものではありません。まず、事故も災害も想定通りには起こりません。何種類の想定をしても、現実に起こることは違います。劇の練習のような想定練習ばかりしていたら、実際の事故や災害の時に「あれ? 想定と違う! どうしたらいいんだろう?」と困ってしまい、動けなくなってしまう危険があります。

 だから、単純に「マニュアルを覚える」や「マニュアルを理解する」では意味がありません。アタマではわかっても、実際にはできないのが人間ですから。そうではなく、今、目の前で起こっているできごと、起きたできごとに対して大切な行動(以下、「ポイント行動」と呼びます)をはずさず、抜かさず、確実に「できる」よう訓練するくり返しが大切になります。そして、そのためのシンプルな(=台本だらけにならない)マニュアルです。救命救急の動画(1-1)で「劇の練習ではありません」と書いた通りです。

▶ポイント行動:救命救急+搬送要請、人数確認、保護者一斉連絡、消防・警察連絡など

 事故や災害は「想定外」が多いため、マニュアルは流れをかっちり決めるのではなく、不可欠なポイント行動を「ここでする」「こういう時にする」と決めたものになります。深刻事故、災害、食物アレルギーの誤食、子どもの行方不明などの場合の対応、予防(対策)に共通するポイント行動は、以下の通りです。それぞれの行動をマニュアル化し、どんな場合であっても(想定内でも想定外でも)誰でも体が動くようにします。

救命救急+搬送要請(1-1と1-2):すぐ体が動くように訓練。「アタマでわかる」ではなく、「体が動く」の代表! 息ができないできごと(2-2の「誤嚥窒息時の注意」)、ケガ(5-1のこちら)熱中症(8-2)、アナフィラキシー・ショック等、「意識がない(かも)」「呼吸をしていない(かも)」の時に、実際できるよう。

・人数確認:声出し指差し確認(2-3)が必須。災害や火事の避難後の人数確認方法(人数が変動し続ける朝の送り時間、夕の迎え時間にはどうやって「いるはずの子どもの数」を確定する?)。散歩や園外活動中に確認するタイミング(基本は、移動の前後)。取り残しや置き去りの予防(研修会資料)。

・避難:園舎内で避難する時。園庭避難する時。園の敷地を出て避難する時。どの時にどこへ避難するか。それぞれの避難経路と避難方法。

・保護者一斉連絡:誰がする? 停電していたら? 手元にパソコンがなかったら?(8-3のここに事例)

 できごと別の対応と対策は、上のポイント行動を臨機応変につないでいくだけです。想定はゆるめに、幅を持たせておきます。こちら(1-1)に書いた通り、訓練の時は「想定通りにしなければ」ではなく、「流れの中でポイント行動を忘れなかったか」「できたか」を中心に。訓練で間違ったことが現実の時には役立つかもしれないのですから、「マニュアル通り正しく!」ではありません。


できごとによって、マニュアルの作り方や重点は異なる

▶地震、自然災害など想定自体が困難なできごと
 地震や自然災害を人間が止めることはできません。ですから、すべてが「対応マニュアル」になります。起きた時にどう対応するか。「対策マニュアル」があるとすればそれは、起きた時に対応できるようにどう準備しておくか、です。
 「起きた時にどうするか」をどんなに細かく想定し、たとえばいろいろな震度や津波の有無、倒壊の有無などで条件を決めて複数のマニュアルの「流れ」を作っておいても、ほぼ無意味です。大切なのは「動きの流れのマニュアル」ではなく、「何が起きても、これとこれとこれを確実に、遅れずにする!」というポイント行動の明確化。そして、一つひとつのポイント行動(避難、人数確認、保護者一斉連絡、備蓄物)を確実にできるようにします。災害時には、その場の状況に合わせて、ポイント行動を確実につなぎ合わせましょう。
 (熱中症は対応しても手遅れになる場合があり、予防が不可欠ですが、ポイントは「外へ出さない気温と湿度」を決めて「これを越えたら外へ出さない」〔8-2〕だけです。水を飲ませる、日陰で遊ばせる等は本質的な予防法ではありません。)

▶園舎内の火事
 これはほぼ、「調理室から発火」でしょうから、流れとしてマニュアルを作り、起きた時の対応を訓練することが可能かもしれません。実際には、ポイント行動のうちの「園庭/園敷地外避難」「人数確認」「保護者一斉連絡」「消防・警察連絡」がそれぞれできていれば、流れのマニュアルは簡易にできます。逆に、決まった場所から発火する想定ばかりしていたら、違う場所から発火した時に混乱が生じる危険があります。

▶深刻事故(溺水、睡眠中の異常、食物の誤嚥窒息)
 プール活動をするのであれば、内閣府の安全ガイドラインに従って監視のマニュアル(=溺水予防マニュアル)を作る必要があります。ですが、水中で起きている子どもの異常を確実に把握する方法はありません。「監視者が必ず~する」と園の対策マニュアルに書いたとしても、その練習をしたとしても、水に沈んで(浮かんで)いる子どもを確実に見つけられるわけではありません。
 一方、睡眠中の安全を確保するためには、0歳と1歳について「あおむけ寝にする」「うつぶせになったらあおむけにする」「決まった時間ごとに睡眠チェックをする」という対策(予防)マニュアルを作ることが可能であり、実行も可能です。
 子ども、特に3歳未満児の摂食行動は個人差が非常に大きいため、「誤嚥窒息を防ぐにはこのように食べさせればよい」という対策マニュアルを作ることはできません。ですが、より安全に食べさせるためのポイントは、ある程度、列挙できます。
 以上3つについては、起きた時の対応マニュアルも必要ですが、何をどう想定しても、起きているのは「この子が息をしていない!」ですから、ポイント行動は「救命救急+搬送要請」のみ。後は、その子どもの保護者に連絡することを忘れないだけです。

▶深刻事故(絞扼、モノの誤嚥窒息、たまり水等による溺水)
 2-2のこの項にある通り、こうした深刻事故は危険を見逃すことによって起こります。ですから、対策(予防)マニュアルは不要で、ふだんから気づきを活かすことが不可欠です。
 事故が起きた後の対応マニュアルは前項と同じです。

▶給食の異物混入
 こちら(6-1)を参考になさってください。混入するものによって、いつ混入するかがだいたい決まりますから、漫然と「異物を見つけるようにする」ではなく、「今、これを確認する」というポイントを絞った確認行動(これもポイント行動)が大切です。

▶食物アレルギーを起こす食材の誤食
 食物アレルギーは、アレルギーを起こす食材(アレルゲン)が製造から納品、調理、提供のいずれかの時点で混入する、または非アレルギー対応食とアレルギー対応食が入れ替わって提供されることによって起こります。アレルゲンは自分で食事の中に入り込んだりしませんから、基本、すべてが人間のミス(ヒューマン・エラー)です。
 人間はミスをする生き物ですので、ヒューマン・エラーが重なることもあります。だから、「ここで混入するかも」という箇所、「ここでおとなAからおとなBに手渡すから、取り違えるかも」という箇所を見つけて、ポイント行動(指差し声出し確認によるチェック)をくり返します。重要なのは、「混入するかも」「取り違えるかも」という箇所が自園の食事提供の流れのどこにあるかを見つけることです。やみくもに、しょっちゅうチェックをすることではありません。混入や取り違えが起こりやすい箇所を見つけるには、「間違えそうだった!」「ここで気づいてよかった!」という気づきを日々、集めることが大切です。「誤食しちゃった!」という事例を集めてもこの気づきにはつながりません。

 食物アレルギー食材の誤食後対応は症状によりますので、保護者、園医と決めてください。重篤な場合は、ポイント行動のうちの「救命救急+搬送要請」が、エピペンを持っている子どもであればエピペン注射が必要になります。

▶ケガ
 「ケガを予防しましょう!」と言ってしまったら、子どもたちの「育つお仕事」を奪ってしまいます。保育の質を上げる(A-1のこちら)ことで無駄なケガは減っていくでしょうけれども、「ケガを予防しましょう!」というマニュアルは作ることができません。内閣府の安全のガイドラインの前文にも「子どもが成長していく過程で怪我が一切発生しないことは現実的には考えにくい」と書いています。

 結果、ケガの場合はケガ後の対応(=園長や主任がする受診/搬送の判断。保護者連絡)が中心になります。5-1のこちらをご覧ください。